5.ボツリヌス菌(続)

ボツリヌス中毒の予防のポイントと乳児ボツリヌス症−その2

 前号に述べたように、ボツリヌス菌は細菌性食中毒の中で最も致命率の高いこと、およびA型菌芽胞は強大な耐熱性のあるところから、缶びん詰など常温保存、流通食品の殺菌の目標とされていて、「食品工業の大敵」とされている。ボツリヌス中毒は、ボツリヌス菌(Clostridinm botulinum

の産生する菌体外毒素を摂取することによって発生するが、毒素の抗原性によってA〜G型の7型に分類される。ヒトの中毒は主として、A、BおよびE型毒素で発生している。今回は、本菌の自然界での分布、原因食品および予防対策のポイントについて述べるとともに、最近話題になった乳児ボツリヌス症について解説しよう。

ボツリヌス菌の分布

 ボツリヌス菌は土壌細胞の仲間に入れられ、自然界では畑の土壌のほか、河川、湖沼や海底の泥土などからしばしば検出される。これまで、北海道、秋田、青森、東京をはじめ九州などで行われた調査によると、本菌

の地理的分布はボツリヌス中毒の発生と密接な関係のあることが分かってきた。表1に示したように、E型食中毒の発生例の多い北海道、秋田県、青森県の土壌からは、かなり高率にE型菌が検出されている。

 今までわが国では、A型菌による中毒の例が少なかった ところから、この菌はあまり日本には分布していないと思われていたが、昭和59年に熊本県産の真空包装「辛子れんこん」によるA型中毒発生を契機に行われた調査では、真空パック製品の60検体中29検体か

らA型毒素が検出された(表2)。また、同時に環境中のボツリヌス菌の汚染調査のデータでは、熊本県下の山野・土壌および泥つきれんこんからA型菌が検出されている(表3)。

わが国のボツリヌス中毒の原因食品

 ボツリヌス食中毒の原因食品については前号でもふれたが、ここではわが国で発生した都道府県別のボツリヌス中毒の原因食品についてまとめたものを表4に示

した。ここに示した95例中、東京の1例(A型)、熊本の1例(A型)および宮崎の1例(B型)を除くと他はすべてE型中毒であり、ことに北海道、東北で消費される「いずし」やこれの類似品(きり込み)による中毒例が圧倒的に多い。

輸入食品や原材料のボツリヌス菌汚染に注意

 「蜂蜜による乳児ボツリヌス症」との関連で調査した大阪府立大学阪口教授らの成績を引用したものを表5に示した。

 これによると蜂蜜の産地別では中国産(7.1 %)が最も高く、ハンガリー(5.6%)、日本(4.9%)、アルゼンチン(2.5%)の順となっている。

 外国(原産国不明、主に中国と推定される) の輸入品(8.5%)、原産国不明(3.6%)、および検体数は少ないが、メキシコ(25.0%)、スペイン(25.0%)の高い検出率は注目すべきである。

 一方、乳児ボツリヌス症例の多い米国、カナダ、オーストラリア産の蜂蜜からは、なぜかボツリヌス菌は検出されなかった。検出菌例は、10検体からA型、7検体からC型、4検体からF型、2検体からB型、1検体からE型であった。

 これ以外に、複数の菌型、A+C型、B+F型の混合検出例が各1例ある。国産の蜂蜜の検出率は予想外に高く、陽性例6例中、A型菌が半数検出されたことは、わが国でのA型菌の分布は予想外に広いことを示すもので、食品衛生上注目すべきである。なお、すでに述べたようにボツリヌス菌は土壌菌なので、現在のように輸入食糧・飼料への依存度の高いわが国では、土壌と直接・間接接触のある輸入農産物−穀類、穀粉、砂糖などを含む−のボツリヌス菌汚染について十分な調査を行う必要があろう。

ボツリヌス中毒予防のポイント

 ボツリヌス食中毒の予防の基本は、ボツリヌス菌の特性を正しく理解し、これに対応 した適切な措置をとることであるが、これには次の4点が重要な予防上の着眼点になる。

(1)芽胞の耐熱性が強大であること: 前回も記載したように、A型菌芽胞を完全殺菌するには100℃で360分もかかる(pH7.0のリン酸緩衝液中)。内容物が中性に近い(pH5.5以上)食品で(魚介類、食肉、野菜等)常温で保存・流通するものでは、ボツリヌスA型菌芽胞を完全殺減するような加熱殺菌を行うこと。厚生省では昭和49年に、それまで常温流通の魚肉ハム・ソーセージ等に使用されていたフリルフラマイド(商品名AF2)の指定を取り消したが、これに伴い魚肉ハム等は原則的

に10℃以下の低温流通とし、常温流通する場合にはpH5.5以下、または水分活性(AW)を0.94以下とするか、あるいは、中心部の温度を120℃で4分間、またはこれと同等以上の殺菌効果のある加熱殺菌を限定した。この措置はA型ボツリヌス菌の増殖阻止または完全殺減を目標にしたものである。同様の主旨に基づいて、昭和52年には、内容物のpHが5.5以上の缶びん詰およびレトルト・パウチ食品(容器包装詰加圧加熱殺菌食品)についての製造基準が設けられた。

(2)ボツリヌス菌の増殖条件: ボツリヌス菌は偏性嫌気性菌といわれ、缶びん詰やハム・ソーセージのように内部に空気のない環境を好んで増殖し、毒素を作る。この点、前回も記載した昭和59年に発生した熊本産の真空包装「辛子れんこん」のような食品は、ボツリヌス菌にとって好適な増殖場所といえる。

 ボツリヌス菌は、pH4.5以上の中性に近く、かつAWが0.94以上の食品で、保存・流通温度が10℃以上であれば増殖・毒素産生が可能である(ただし、前号で述べたように、E型菌では3.3℃という低温で増殖し、毒素を産生する)。

(3)現在許可されている保存料ではボツリヌス菌の増殖抑制は困難である

 かつて、日本で指定されていたフリルフラマイドはボツリヌス菌の増殖抑制に有効であったが、指定が取り消されたため使用できない。

 魚肉ねり製品等に許可されているソルビン酸などの保存料は、使用許可濃度ではボツリヌス菌の増殖抑制効果は期待できない。欧米で古くから食肉製品の保存料として使用されてきた亜硝酸塩・硝酸塩は、ボツリヌス中毒予防に有効であることが確認されている。わが国でも発色剤として亜硝酸塩等の使用が認められているが、その残存基準(食肉製品に対し70ppm以下、魚肉ハム・ソーセージでは50ppm以下)ではボツリヌス菌の増殖は抑制されない。

(4)喫食前の食品の加熱:ボツリヌス菌の毒素は熱に不安定なので、食べる直前に食品 を80℃20分以上、または100℃まで加熱すれば無毒化することができる。しかし、北海道、東北の「いずし」のような漬物では加熱しないで食べるので、菌の増殖抑制や殺菌に重点を置いた予防対策が必要である。

 

   ワンポイント・レッスン

乳児ボツリヌス症

 ボツリヌス菌は、毒素型食中毒のほかに、乳児ボツリヌス症を起こすことが注目されている。本症は生後3週間から8か月の乳児が、ボツリヌス菌芽胞に汚染された飲食物を摂取した際に、腸管内で発芽・増殖して毒素が産生されて発病する。本症は1976年、米国で発見された新しいタイプの疾病で、米国では1986年までに652名の乳児ボツリヌス症が報告されている。わが国では、昭和61年7月千葉県下で最初の乳児ボツリヌス症患者(男児、83日令)が診断され、大便からA型菌毒素

と菌、患者に投与した蜂蜜、哺乳びんの乳首、掃除器のほこり、玄関の土ぼこりなどからA型菌が検出されている。また、62年には40日令の女児がボツリヌス症と診断されている。 症状は、米国の研究者の報告では、頑固な便秘を起こし便秘が3日以上続いた後に、母乳、人工乳に関係なく吸引力が低下し、泣き声も弱くなり、顔面無表情や筋肉の弛緩をきたし、次第に筋力低下が目立つようになり、重症では、呼吸困難、呼吸停止が起こる。通常、嘔吐、下痢は見られない。

 厚生省では、昭和62年10月20日都道府県等に対し「乳児ボツリヌス症の予防対策について」を通知した。その内容としては、保健関係者及び医療関係者に対し、乳児の保育に当たる保護者、乳児を対象とする児童福祉施設等に対し、1 歳未満の乳児に蜂蜜を与えないように指導したものである。

 1歳未満の乳児では、腸内細菌叢が十分に形成されていないので、ボツリヌス菌が侵入すると大腸内で増殖するといわれ、1歳以上になれば腸内細菌がボツリヌス菌の増殖と拮抗するため、蜂蜜を与えても本症は発生しない。

〔すでに述べたように、蜂蜜はしばしばA型菌等で汚染されている。従って、蜂蜜をPHが中性に近く、かつ真空包装等密封容器に入れる食品に加える時には、製品は中心部の温度が120℃4分間以上加圧殺菌、または10℃以下の温度で保存・流通させる必要がある。〕 

 

  主要文献

阪口玄二:食品衛生研究、35(6)、63〜71(1985)

同   :モダンメディア、34(3)、9〜18(1988)

潮田 弘:河端ら編、実務食品衛生、P.48〜51(1987)中央法規出版