10.ウェルシュ菌とその食中毒

    ―学校給食など大量調理食品の大敵―

 わが国で発生するウェルシュ菌食中毒は、発生件数は多くはないが、患者数では全細菌性食中毒の10%近くを占めていて、1件当たり平均160名と他の食中毒に比べ患者数の多いのが特徴となっている。この中毒はしばしば学校給食や仕出し屋などで大量に作られる弁当や料理で発生するため、大規模食中毒になるケースが多い。

食中毒原因となるウェルシュ菌は、ヒト、動物の腸管内、土壌、下水などに広く分布し、食品汚染の機会が多い。加えて本菌は耐熱性の強大な芽胞を形成するので、通常の調理程度の加熱では生き残り、食品を常温で保存中に芽胞が発芽、増殖して中毒することになる。今回は、ウェルシュ菌をテーマに、この菌の特徴や食中毒の発生状況、その予防対策について考えてみよう。

ウェルシュ菌のプロフィル

 ウェルシュ菌は、恐ろしい毒素型食中毒の原因菌として知られているボツリヌス菌(アサマニュースNo.4および5参照)と同じクロストリウム属に含まれ、その学名はClostridium perfringensである。かつてはC.welchiiという学名が付けられていたので、わが国ではいまだにウェルシュ菌という和名が一般に使われている。この菌はグラム陽性の芽胞形成菌

で、その産生する毒素からA〜E型の5型に分けられている(かつてF型という菌型があったが、現在これはC型菌に入れられている)。ヒトに食中毒を起こすのは大部分A型菌であるが、すべてのA型菌が食中毒を起こすわけではなく、エンテロトキシン(enterotoxin)といわれる毒素産生菌に限られる。

 食中毒原因菌の芽胞は100℃で1〜4時間の加熱に耐える ところから、「耐熱性変異株」と呼ばれている。本菌は15〜50℃の範囲で増殖し、増殖至適温度は一般細菌より高く43〜47℃である。なお、この菌の細胞分裂速度(世代時間とも いわれる)は、最も速いといわれるコレラ菌や腸炎ビブリオに近く、至適条件下ではわずか10〜12分間といわれている

 発育pH域はpH5.5 〜8.0でpH5.0以下または9.0以上では増殖できない。本菌は嫌気性菌であるが、嫌気度の要求はボツリヌス菌ほど厳しくはなく、一般食品でも加熱調理後であれば、特に嫌気的条件にしなくとも増殖できる。

ウェルシュ菌の分布

 ウェルシュ菌は、ヒト、動物の腸管内、土壌、下水などに広く分布し、食品汚染の機会は多い。本菌はヒトの糞便中にも常在していて、耐熱性芽胞形成ウェルシュ菌の保菌率は年齢や生活環境によって異なるが、およそ6〜40%であるといわれている。

また、ウェルシュ菌は家畜や家禽の腸管内にも常在していて、ブタ、ウシ、ニワトリの糞便からの耐熱性ウェルシュ菌の検出率は10〜30%で、さらに市販の食肉や肉類加工品、魚介類冷凍品などからもかなり高い頻度で検出されている。

ウェルシュ菌食中毒発生の仕組み

 本菌食中毒は感染型といわれ、食品中でおびただしく増殖した生菌を食品とともに摂取することによって発生する。なお、発病の仕組みで見ると、ヒトの腸管に入ったウェルシュ菌は芽胞を形成し、その際産生されたエンテロトキシンにより下痢が起こる。この毒素は腸粘膜上皮細胞に作用して、腸管内に体液を流出させるために下痢を引き起こすことにな

る。このような発病の機作からウェルシュ菌食中毒を“生体内毒素産生型”と言うことがある。しかし、本菌の産生するエンテロトキシンは分子量が約35,000の単純たん白質で、毒素自体は60℃、10分間の加熱によって失活する。また、酸性条件で不安定なため、胃液によって失活される。従って、ブドウ球菌やボツリヌス菌のように食品中に産生した毒素を

摂取して発病する「毒素型」とは明らかに違っていて、食中毒発生の機序からは、食品中に作られた毒素によるものでなく、多量の生菌を摂取して発症するところから「感染型」に属するものである。

ウェルシュ菌食中毒の発生状況

 最近5か年(昭和58〜62年)のウェルシュ菌食中毒の発生状況を表1に示した。これから分かるように、事件数は全細菌性食中毒の1.8%と少ないが、患者数では1.5〜14.7%(平均7.5%)を占め、1事件当たりの患者数は159名と他の食中毒に比べて多いのが

目立つ。この中毒の発生場所(原因施設)についてまとめたのが表2であるが、これから分かるように学校給食、飲食店、仕出し屋、弁当屋など多人数に食事を提供する場所で多く発生している。

 近年わが国では、共働き家族の増加、核家族化あるいは単身者の増加などから外食する機会や既製、半調理の惣菜類の利用頻度が著しく増加した。このようなことを背景に、食中毒の大型化傾向が見られるようになった。最近の厚生省の食中毒統計を見ると、昭

和58〜62年の5年間では、1事件当たり患者数500名以上の大型食中毒が26件発生していて、うち学校給食で8件(全体の31%)、仕出し屋・弁当屋が10件(38%)、飲食店4件(15%)、などが目立っている。患者数(総人数29,738名)で見ると、飲食店で発生

したものが12,776名(43%)、学校給食で6,583名(22.1%)、仕出し屋5,269名(17.7%)などの順となっている。これら大型食中毒の病因物質としてウェルシュ菌は、病原大腸菌、腸炎ビブリオに次いで第3位となっている。

 表3にはウェルシュ菌食中毒の原因食品についてまとめてあるが、これから分かるように、弁当などの複合調理食品による事例が圧倒的に多く、肉類の加工品がこれに次いでいる。

 本中毒の多くが、学校給食や仕出し屋の料理、弁当類のように一時にかなり大量の材料を加熱調理した食品によって発生している。

 本中毒は、平均12時間の潜伏期を経てから発症し、主症状は下痢と腹痛で、嘔気・嘔吐は比較的少なく、発熱はほとんど見られない。本中毒の予後は良好で、発病後1週間以内に回復し、死亡例はない。

ウェルシュ菌食中毒の事例

<事例1>冷やしうどんの「つけ汁」による食中毒

 昭和55年7月9日、埼玉県久喜市内の小、中学校で「冷やしうどん」によって摂食者4,333名中3,610名(発病率83.3%)という極めて大規模食中毒が発生した。主症状は下痢(発生頻度94.7%)、腹痛(87.0%)で、発生日時は7月9日午後6〜11時に集中していた。久喜市では、(株)乙食品が11校の給食の委託を受けていて、7月9日の給食献立

はA、Bの2コースに分かれていて、中毒の発生したのはBコースの献立であった。その内容は「カレーたいやき」、「野菜のピーナッツ和え」、「冷凍みかん」、「冷やしうどん」および「牛乳」の5品目。このうち冷やしうどんの「つけ汁」が前日に調理されたものである。

 細菌検査の結果、調理施設から収去したうどんの「つけ汁」、および小、中学校で保存検食のうどんの「つけ汁」から、それぞれウェルシュ菌が検出された。また、糞便検査で調理従事者68名中49名、小、中学校の児童、生徒および教師275名のうち262名からそれぞれウェルシュ菌が検出され、この中毒はウェルシュ菌によるものと決定された。

 問題の「つけ汁」は、7月8日午前11時30分から製造が開始され、50℃のお湯の中に、鶏肉、野菜(にんじん)、だしの素、醤油、なるとを入れ、1時間沸騰させ、1時間室温で放置後、2台のステンレス容器に移した。その後40分間扇風機で冷やしてから冷蔵庫(0℃)に入れ翌朝まで保管した。しかし、その後行った調査で、「つけ汁」が大量

であったため、0℃の冷蔵庫に入れても、最初の3時間で約10℃、次の4時間で約10℃程度温度が下がっただけで、冷蔵庫に入れたときの液温(50℃)から20℃になるまで7時間もかかったことが判明した。「つけ汁」は煮沸工程があるので、ウェルシュ菌以外の細菌はほとんど死滅したと考えられ、問題の菌だけが生き残り、「つけ汁」の保存中におびただしく増殖したものである。

 上記食中毒事件は、冷やしうどんの「つけ汁」の製造方法の欠陥によるものであって、乙食品に対しては1週間の営業停止処分がとられた。

<事例2>仕出し弁当(スパゲティナポリタン)による食中毒

 昭和58年5月20日、富山県下のT市民病院看護専門学校宿舎ほか、高岡市、新湊市、射水郡大門町・大島町の2市2町の75事業所で、摂食者851名中、609名(発病率71.6%)が食中毒にかかった。この事件は大門町にあるH給食センターで調製した仕出し弁当(副食・スパゲティナポリタン)によって発生したもので、病因物質はウェルシュ菌、Hobbs 1型であることが判明した。

 この仕出し弁当の献立内容は、和え物(スパゲティナポリタン)、揚げ物(野菜天ぷら)、焼き物(焼き魚)、魚肉ねり製品(かまぼこ)、漬物(山海漬)、酢の物(うの花酢漬)で、これらの保存検食の細菌検査の結果、スパゲティナポリタンからウェルシュ菌Hobbs1型がヒトの感染発症菌量106/g以上検出され、本中毒の原因食品であると決定された。

 問題のスパゲティは、当日朝3〜5時にかけ調理され、5〜7時まで放冷され、その後11時頃までに盛り付けられたという。調理後、盛り付けるまでの間に、原因菌の増殖至適温度(43〜47℃)にかなりの時間放置されていたものと考えられた。なお、この施設の従業員の大部分が農村婦人のパートタイマーで、県衛生当局の見解では、衛生知識や清潔

の習慣などを身につけているとはとても考えられない状態であったという。なお、このH給食センターについては、施設の改善命令が出されたほか、3日間の営業停止処分がとられたという。

ウェルシュ菌食中毒予防のポイント

 食中毒を引き起こす耐熱性ウェルシュ菌は自然界の分布は広く、食品の原材料はもちろん、加工・調理食器への汚染の可能性が高い。今まで集団給食や仕出し屋等で発生した事例の多くは、喫食の前日に加熱調理した食品によったもので、他の細菌性食中毒の

発生とはかなり様子が違っている。本中毒は、加熱調理に生き残った芽胞や、調理した食品へ二次汚染したエンテロトキシン産生性ウェルシュ菌が食品中で増殖し、これを食べて発病している。これらのことから、本中毒の予防のポイントをまとめると、

@調理した食品はできるだけ速やかに消費する。

A調理後、喫食までに時間のかかる弁当や大量に作られる学校給食などでは、調理した食品をできるだけ小分けして速やかに冷却するようにし、やむを得ず翌日まで保存するときは品温を確実に10℃以下になるように冷蔵保存すること。

B前日に加熱調理した食品は、冷蔵保存したものでも使用時に十分な再加熱を行うこと(カレーやシチューなど)。


   ワンポイント・レッスン

ウェルシュ菌の血清型と食中毒起因性

 ウェルシュ菌は、その生産する毒素からA〜Eの5型に分類されている。これとは別に、食中毒起因性のA型耐熱性芽胞形成菌については、Hobbs型とTW型の血清型分類がある。Hobbs型はイギリスの有名な女性細菌学者でウェルシュ菌食中毒の発見者である

Beatty Hobbsによって提唱された分類で、1〜17型に分けられ、TW型はHobbs型に該当しない耐熱性A型菌の分類で、1〜52型に分けられている。両血清型とも食中毒発生時の疫学調査に広く応用されている。その後、Duncanら、HauschildおよびStrongらによる人体実験や動物実験によって、ウェルシュ菌の産生するエンテロトキシンが本中毒

の原因物質であることが明らかにされ、Hobbsが報告した血清型の大部分はエンテロトキシン産生菌であることも確認された。しかし、細菌耐熱性の弱い(易熱性)芽胞形成ウェルシュ菌の一部にも、エンテロトキシンを産生するものがあることが報告された。


  (河端俊治:国立予防衛生研究所食品衛生部客員研究員・農学博士)