11.病原大腸菌とその食中毒

  −油断大敵、大規模食中毒の原因菌で第2

   位にランクされている−

 大腸菌(Escherichia coli)はヒトや動物の腸管内の常在菌で、かつては病原性はないとされていた。しかし、研究の進むにつれ、その中には食中毒を引き起こすもの、すなわち病原大腸菌が2〜5%含まれることが分かってきた。わが国の食中毒統計(昭和53〜62年、10年間)を見ると、病原大腸菌の食中毒は毎年20〜34件程度、平均25件発生し、

全細菌性食中毒の3.4%とそれほど多くはない。しかし、患者数では730〜9,400名(平均3,348名)と全細菌性食中毒患者の12.3%とかなりの比率にのぼる。ことに、1事件当たり患者数500名以上の大規模食中毒では、カンピロバクターに次いで原因菌として第2位を占めている。今回は、病原大腸菌についてその特徴や食中毒の発生状況、そして予防対策について述べる。

病原大腸菌のプロフィル

 大腸菌はヒトや動物の腸管内の正常菌叢(ミクロフローラ)の1つで、また自然界にも広く分布している。この大腸菌は、ときには腸管外で尿路感染症などの日和見感染を起こすことがあるが、通常腸管内では病原性を示さない。しかし、ごく一部の大腸菌は、

ヒトや動物の腸管に感染して下痢などの原因となる。これらの大腸菌は腸管内常在菌と区別して、特に病原大腸菌または腸炎起因大腸菌と呼ばれている。しかし、これらの大腸菌は、その形態や生化学的性状などでは簡単に区別できない。

 現在、病原大腸菌は大きく次の4つに分類されている。

@狭義の病原大腸菌または病原血清型大腸菌

 (enteropathogenic E. coli、EPEC)

 この菌は今まで病原大腸菌といわれてきた菌で、特にこの菌は乳幼児下痢症の原因菌として重視されてきた。乳幼児の場合には少量の菌で感染が起こり、産院などで大流行を起こし多数の犠牲者を出したことがある。一方、成人に対しては、他の感染型食中毒同様、飲食物中でおびただしく増殖した生菌を摂取することにより、急性胃腸炎型の食

中毒を起こす。この食中毒の潜伏期は10〜30時間で、症状はサルモネラ食中毒に似るが、一般にサルモネラよりも軽い。感染源は患者や保菌者の大便または家畜の排泄物などであって、まず食品が本菌によって汚染され、サルモネラや腸炎ビブリオの場合と同様、この菌がおびただしく増殖した食品を食べて発症する。

A腸管侵襲性または組織侵入性大腸菌

 (enteroinvasive E. coli、 EIEC)

 この菌の感染により経口伝染病の赤痢に似た症状を起こす。すなわち、ヒトが感染を受けると急性大腸炎を起こし、発熱、腹痛、しぶり腹(裏急後重)などの症状が現れ、大便は粘液だけでなく膿や血液が混じる。EIECは分類上は大腸菌であるが、その生化学的性状は赤痢菌に似ていて、下痢の発生機序も赤痢菌の場合と同様であることが明らかにされた。この菌は、赤痢菌と同様、本来ヒトを宿主とする病原菌で、赤痢菌同様ヒトからヒトへ伝染性がある、従って、この菌の病気は本来、赤痢と言うべきであるが、現在のところ行政的には食中毒として処理されている(伝染病予防法により法定伝染病等の指定を受けていないため)。

B腸管毒素原性大腸菌

 (enterotoxigenic E. coli、ETEC

 この菌はヒトの腸管内で増殖してエンテロトキシン(enterotoxin、腸管毒)という毒素を産生し、下痢を主徴とする急性胃腸炎を引き起こす。本毒素には、60℃、10分間の加熱で失活する易熱性毒素(LT)および100℃、30分間の加熱でも安定な耐熱性毒素(ST)の2成分がある。LTはコレラ菌の下痢原毒素であるコレラエンテロトキシン(CT)と物理化学的、免疫学的性状が似ているだけでなく、下痢を起こす機序もCTと同じであるといわれている。ETECには、LT、STのいずれか一方のみを作るものと、両者を産生するものがある。

 この菌による食中毒は水様便の下痢を起こすが、発熱はほとんどなく、症状は一般に軽い。熱帯や亜熱帯に旅行する人がしばしばかかる“旅行者下痢”、“traveller's diarrhea”の多くは本菌によると見られている。汚染源や感染経路は、狭義の病原大腸菌の場合と同様であるが、特に熱帯や亜熱帯に旅行する人は、決して生水や生の魚介類をとらないよう注意することが大切である。

C腸管出血性大腸菌

 (enterohemorrhagic E. coli、EHEC)

 またはベロ毒素産生大腸菌

 (Verotoxin producing E. coli、EVEC)

 本菌は、1982年にアメリカで発生したハンバーガーを原因食とする食中毒の原因菌として分離され、注目を集めた。本菌は血便と腹痛を主徴とする出血性大腸炎を起こすので、出血性大腸菌と名付けられた。この原因菌のO157:H7は、ある種の細胞毒(Vero toxin)を産生する。このVero毒素は、志賀赤痢菌の産生する志賀毒素(Shiga toxin)に類似するため志賀毒素様毒素(Shiga-like toxin)とも呼ばれている。

 表1には、病原大腸菌の分類と、主要臨床症状などをまとめて示し、また図1には、病原大腸菌の電顕写真を示した。

大規模食中毒の原因菌第2位にランクされている病原大腸菌

 厚生省の食中毒統計の中で、昭和53年〜62年まで10年間の全細菌性食中毒と病原大腸菌食中毒の発生状況をまとめたものを表2に示した。

 過去10年の病原大腸菌食中毒は年間20〜34件、平均25件発生していて、全細菌性食中毒件数の3.4%に相当し、比率としてはかなり低い。しかし、患者数では729〜9,359名と年により大きな変動が見られ、平均で3,348名、これは全細菌性食中毒患者数の12.3%に相当し、件数に比べかなり高い比率になる。

大規模食中毒の原因菌第2位にランクされている病原大腸菌

 厚生省の食中毒統計の中で、昭和53年〜62年まで10年間の全細菌性食中毒と病原大腸菌食中毒の発生状況をまとめたものを表2に示した。

 過去10年の病原大腸菌食中毒は年間20〜34件、平均25件発生していて、全細菌性中毒件数の3.4%に相当し、比率としてはかなり低い。しかし、患者数では729〜9,359名と年により大きな変動が見られ、平均で3,348名、これは全細菌性食中毒患者数の12.3%に相当し、件数に比べかなり高い比率になる。

 表3には、最近5年間の細菌性食中毒の原因菌について示してあるが、事件数では腸炎ビブリオが平均50.3%で断然トップ、次いでブドウ球菌(24.6%)、サルモネラ(12.1%)、カンピロバクター(4.8%)、病原大腸菌(3.6%)の順となっている。

 ところで、食中毒統計の中で1事件当たり500名以上の患者を出した大型食中毒事件の原因菌について調べた結果を表4に示した(昭和58〜62年、5年間平均)。

 これから分かるように、事件数、患者数ともに第1位を占めているのがカンピロバクターで、病原大腸菌が件数、患者数ともに第2位にランクされ、次いでウェル

シュ菌などの順になっている。このことは、一般の散発 的を含めた全細菌性食中毒では、腸炎ビブリオ、ブドウ球菌、サルモネラなどによる事例が多いのに対し、カン

ピロバクター、病原大腸菌およびウェルシュ菌の3者は、学校給食、仕出し屋の弁当などで発生する大規

模食中毒の原因菌として極めて重要な役割を果たしていることを示している。

病原大腸菌による水系感染症

 細菌性食中毒は感染型と毒素型に大別されるが、この両者とも、一般に発症するには原因菌が飲食物中でおびただしく増殖することが前提条件とされている。一方、赤痢などの経口伝染病ではごく微量の菌で発病し(微量感染)、ヒトからヒトへ伝染する。赤痢など

ではしばしば飲料水を媒介して流行するところから、これを水系感染(伝染)といわれてきた。近年食中毒の研究が進むにつれ、食中毒菌の中にも水系感染を起こすものがあることが分かってきた。その代表的なものが、カンピロバクターと毒素原性大腸菌(ETEC)である。

 昭和57年10月、札幌市に新設された大型スーパーで、7,751名と一般食中毒としては未曾有の食中毒が発生した。この事例では使用水からカンピロバクター・ジェジュニとETEC(O6:K15)が同時に検出された。

 この事件の概要については、すでにアサマニュースNo.2(1988年)に記載したので参照されたい。この事件は使用した井戸水の消毒装置の故障が原因となったものである。

 ETECが東南アジアなどの旅行者で見られる“旅行者下痢”の原因となることについてはすでに述べた通りで、主として飲料水や魚介の生食によって発生するようである。

仕出し弁当による病原大腸菌食中毒事例

@事件の概要

 5月12日、A給食センターでは2,340食の仕出し弁当を調製し、140の事業所に配達した。この仕出し弁当により429名が、同日午後2時頃から14日にかけて下痢、腹痛、発熱などの症状を呈し、医師に受診した結果食中毒と診断された(発病率18.3%)。潜伏期は

2〜48時間(8〜24時間が多い)で、主な症状は、下痢388名(90.4%)で、水様便が212名(55%)と最も多く、3名の粘血便が認められた。次いで腹痛(58.7%)、発熱(43.1%)、倦怠感(40.3%)などで、典型的な急性胃腸炎症状であった。

A原因食品と汚染経路

[原因食品]

 この事件の共通食品である仕出し弁当の内容は、若鶏の唐揚げ、肉じゃが、ミート・エッグ、ホウレンソウのごま和え、おしんこ、キャベツサラダ(コールスロー)、および米飯であったが、喫食状況から弁当中の原因食品を特定することができなかった。

[汚染経路と食品の取り扱い上の問題点]

 この仕出し屋では、食品に対し次のようなずさんな取り扱いをしていたことが、弁当の汚染を招いたものと考えられた。

 a.キャベツを購入後、全く洗浄せずに千切りにして盛り付けた。

 b.副食の盛り付けを不潔な素手で行った。

 c.副食や米飯を放冷せずに詰め合わせた。

 d.調理済みの弁当を放冷せずに積み上げた。

 e.当日の気温の高いこと(最高30℃)を利用して、温かい弁当を提供するため、わざわ   ざ有蓋車内に3時間も放置した。

B病因物質

 患者糞便、調理従事者糞便、当該施設の拭き取り材料および参考食品について細菌検査を行った結果、病因物質は病原大腸菌(O39:H28)と決定された。

C行政措置

 仕出し屋(原因施設)には10日間の営業停止命令が出されたほか、施設の改善命令や衛生教育等の指導が行われた。


   ワンポイント・レッスン

大腸菌の血清型

 大腸菌(Escherichia coli)はヒトおよび動物の腸管内の常在菌で、腸内細菌叢(Enterobacteriaceae)の大腸菌属に属するが、この属には E. coli一種しかない。大腸菌の分類は血清型別によって行われるが、抗原にはO、K、およびHの3種類が知られていて、それぞれの抗原には多数の特異的な抗原型があり、これが血清型別に応用されている。

 O抗原は、耐熱性の菌体抗原で、現在までにO1〜171までのものが報告されている。K抗原は、O抗原の表層をおおい、形態学的には莢膜(カプセル)として認められる抗原で、K1〜103までのものが知られている。H抗原は、鞭毛(べんもう)由来のたん白抗原で、H1〜56がある。大腸菌の血清型は、例えばO6:H16、O148:H28のように各抗原の組み合わせで表される。表1には、病原大腸菌の関連O血清型を示した。


  (河端俊治:国立予防衛生研究所食品衛生部客員研究員・農学博士)