A腸管侵襲性または組織侵入性大腸菌
(enteroinvasive E. coli、
EIEC)
この菌の感染により経口伝染病の赤痢に似た症状を起こす。すなわち、ヒトが感染を受けると急性大腸炎を起こし、発熱、腹痛、しぶり腹(裏急後重)などの症状が現れ、大便は粘液だけでなく膿や血液が混じる。EIECは分類上は大腸菌であるが、その生化学的性状は赤痢菌に似ていて、下痢の発生機序も赤痢菌の場合と同様であることが明らかにされた。この菌は、赤痢菌と同様、本来ヒトを宿主とする病原菌で、赤痢菌同様ヒトからヒトへ伝染性がある、従って、この菌の病気は本来、赤痢と言うべきであるが、現在のところ行政的には食中毒として処理されている(伝染病予防法により法定伝染病等の指定を受けていないため)。
B腸管毒素原性大腸菌
(enterotoxigenic E. coli、ETEC)
この菌はヒトの腸管内で増殖してエンテロトキシン(enterotoxin、腸管毒)という毒素を産生し、下痢を主徴とする急性胃腸炎を引き起こす。本毒素には、60℃、10分間の加熱で失活する易熱性毒素(LT)および100℃、30分間の加熱でも安定な耐熱性毒素(ST)の2成分がある。LTはコレラ菌の下痢原毒素であるコレラエンテロトキシン(CT)と物理化学的、免疫学的性状が似ているだけでなく、下痢を起こす機序もCTと同じであるといわれている。ETECには、LT、STのいずれか一方のみを作るものと、両者を産生するものがある。
この菌による食中毒は水様便の下痢を起こすが、発熱はほとんどなく、症状は一般に軽い。熱帯や亜熱帯に旅行する人がしばしばかかる“旅行者下痢”、“traveller's diarrhea”の多くは本菌によると見られている。汚染源や感染経路は、狭義の病原大腸菌の場合と同様であるが、特に熱帯や亜熱帯に旅行する人は、決して生水や生の魚介類をとらないよう注意することが大切である。
C腸管出血性大腸菌
(enterohemorrhagic E. coli、EHEC)
またはベロ毒素産生大腸菌
(Verotoxin producing E. coli、EVEC)
本菌は、1982年にアメリカで発生したハンバーガーを原因食とする食中毒の原因菌として分離され、注目を集めた。本菌は血便と腹痛を主徴とする出血性大腸炎を起こすので、出血性大腸菌と名付けられた。この原因菌のO157:H7は、ある種の細胞毒(Vero toxin)を産生する。このVero毒素は、志賀赤痢菌の産生する志賀毒素(Shiga toxin)に類似するため志賀毒素様毒素(Shiga-like toxin)とも呼ばれている。
表1には、病原大腸菌の分類と、主要臨床症状などをまとめて示し、また図1には、病原大腸菌の電顕写真を示した。
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