12.リステリア菌とリステリア症

  −食品衛生の立場からにわかに注目される

   ようになった−

 リステリア症(Listeriosis)というのはリステリア菌による人畜共通感染症(伝染病)で、ヒトや動物の敗血症、髄膜炎など致命率の高い感染菌の病原菌として知られていた。1980年代になり、欧米諸国でキャベツサラダ(コールスロー)、牛乳、チーズなどの食品を介してリステリア症の集団発生が相次ぎ、また1987年から88年にかけてフランス、スイス、デンマーク産のチーズからリステリア菌が検出された。これらを契機にリステリア菌とその感染症が、食品衛生および公衆衛生の分野で世界的に注目されるようになった。

リステリア菌とリステリア症のプロフィル

 リステリア菌はグラム陽性、鞭毛を持つ無芽胞の短桿菌(0.4〜0.5×0.5〜2.0μm)で、分類学的にはListeria属に入れられていて、この属には8菌種がある。これらの中でヒトおよび動物に病原性を示すのは、今のところL.monocytogenes1菌種であって、一般のリステリア菌とリステリア症といわれるのは、この菌種とそれによる感染症を指している。

 リステリア菌は当初、げっ歯類小動物の病原菌と考えられていたがその後、ヒツジ、ウシ、ウマ、ブタ、ヤギなどの家畜に感染性のあることが明らかになった。ヒトについては、1929年伝染性単核症患者の血液から初めて分離された。その後、ヒトについても家畜と同様、特に髄膜炎、敗血症、髄膜脳炎などを引き起こすことが分かり、この他にも流産・早産などの関係もしばしば指摘されている。

 ヒトのリステリア症は世界中の先進諸国で発生している。一般的に言って、近年細菌性感染症が急速に減少していく中で、本症は逆に増加傾向が見られ、特に1970年以降に発生の増加が目立つようになった。

 わが国では1958年(昭和33年)に山形県および北海道で各1例の症例が報告されて以来、1970年以降は年間40〜50例の発生が見られ、これまで北は北海道、南は沖縄県に至るまで各地で600件を超える発生例がある。これらはすべて散発事例であって、最近諸外国で見られているような集団発生例はわが国では1例も見られていない。

食品を介して発生するリステリア症の事例

 1981年から87年にかけ諸外国で発生した食品媒介リステリア症の集団発生例を表1に示したが、次にその主な事例について述べよう。

(1)カナダでコールスロー(キャベツサラダ)で発生した集団事例

 1981年3月から8月にかけて、Maritime地方で34名の新生児と7名の成人が発症し、15名の新生児と2名の成人が死亡した(致命率41%)。患者の血液からL.monocytoge
nes
血清4bが検出された。疫学調査の結果、共通の感染源としてコールスローが疑わ

れ、患者宅の冷蔵庫および加工工場に保存してあった食品から患者由来と同一菌型が検出された。キャベツ畑には、リステリア症で死亡したヒツジの糞便が肥料として散布されていたのが原因であるとされた。

(2)米国マサチューセッツ州で発生した牛乳による集団事例

 1983年、同一工場で製造された牛乳によって49名(42名の成人と7名の乳幼児)のリステルア症が発生し、うち14名が死亡する(致命率29%)という事件が発生した。この工場に原乳を供給している農場のウシからL.monocytogenes が分離された。この工場の牛

乳の殺菌は171゚F(77.2℃)、18秒間という法基準に従って行われたことが確認されたが、殺菌工程において本菌がなんらかの理由によって生残したか、あるいは殺菌処理後の二次汚染によるものかについては不明であった。

(3)米国カリフォルニア州におけるチーズによる集団発生事例

 1985年1月から6月にかけて、妊婦58名を含む85名のリステリア症が発生し、うち29名が死亡した(致命率34%)。最も疑われた感染源は同一工場で製造されたチーズであり、そのチーズと工場の環境からL.monocytogenes血清型4bが検出された。チーズの製造工程中の殺菌不足か、製品への二次汚染のいずれかによるものと推定されるが、原乳自体が明らかに汚染していたものと結論づけられた。

(4)英国における輸入チーズによる事例

 これは集団発生でなく単発事例である。1986年英国でチーズを喫食した婦人が髄膜炎にかかり、患者と患者が摂取したチーズの残品からL.monocytogenes血清型4bが検出された。チーズを喫食しなかった家族からの発症者はなかった。

リステリア菌の分布とヒトへの伝播

(1)リステリア菌の自然界における分布

 リステリア菌は当初、げっ歯類や家畜の間で流行が繰り返され、本菌が維持されているものと思われていた。その後これら動物では低率ながら健康保菌が見られとこと、また、哺乳動物だけでなく、鳥類、魚類、さらに昆虫からも本菌が分離されたことから、感

染宿主域がかなり広いことが分かった。1970年代になり、本菌の検査法が検討され特に増菌法が導入されたことにより、河川水、汚泥、土壌、植物、サイレージなどあらゆる環境から分離されるようになり、本菌が自然界に極めて広く分布することが確認された。

 ヒトの保菌についても1970年以降世界各国で疫学調査が行われているが、どの国においても健康保菌者がある程度認められているようで、わが国の一般健康者の本菌の保菌率は0.5%程度といわれている。

(2)乳・乳製品をはじめ各種食品の汚染状況

 すでに述べたように、1983年米国で発生した殺菌乳による集団発生、次いで1985年米

国のチーズによる集団発生例は全世界的に乳・乳製品のリステリア菌汚染について大きな問題を投げかけた。これを契機に各国では乳・乳製品のリステリア菌汚染状況調査が活発に開始されるようになった。

 一方、リステリア菌の広範な分布から見て、乳・乳製品 以外の畜産物その他の食品汚染も当然予想されることであ る。事実、各国における調査が進むにつれ食肉・食肉製品、 鶏肉、野菜、さらに冷凍エビ・カニ肉などから本菌の検出 例の報告が相次いだ。表2には各種食品からのリステリア 菌の検出状況についての成績を示した。

(3)リステリア菌のヒトへの伝播

 リステリア菌の自然界における生態については現在のところ十分に解明されるまで至っていないが、健康人や健康動物の保菌、広範な環境下で生存していることを考えると、ヒトへの感染経路はかなり複雑で、いろい

ろな可能性が考えられる。ただし、自然環境から 分離されるリステリア菌のすべてがヒトに対して起病性を持つのか、感染菌量はどのくらいか、感染時の宿主例の要因は何かなど、まだ未解決の問題も多く残されてい

る。図1には米国のBrackettが提唱したリステリア菌のヒトへの感染経路についての仮説を示した。

食品衛生の立場から見たリステリア菌の特徴

 リステリア菌については、他の病原菌にほとんど見られない性状、すなわち4℃以下の低温増殖性が特徴の1つとなっている。周知のように、赤痢などの経口伝染病菌や多くの食中毒細菌は10℃以下では増殖できないところから、食品の低温保存・流通は、こ

とに食中毒予防にとって有力な手段とされている。 しかし、今まで例外としてE型ボツリヌス菌(最低増殖温度3.3℃)およびエルシニア・エンテロコリチカ(最低増殖温度0℃)が知られている[これらについてはアサマニュースNo.3およびNo.4参照]。

 なお、本菌の増殖と温度の関係について図2に示した。これから分かるように、本菌の最低増殖温度はエルシニア菌と同様0℃くらいと考えられる。なお、この低温増殖性が本菌の水や土壌などの自然環境における分布と関係があり、また0℃から+7℃程度で保存・流通

する冷蔵食品中でも十分に増殖可能であることは、食品衛生上から重要な問題を提起するものである。

 本菌はまた、6%以上の食塩に抵抗性のあることが知られている。今までに5%の食塩を含むキャベツジュースの中で、5℃で70日間生存したというデータもある。本菌は食肉製品に使用許可になっている程度の亜硝酸塩にも抵抗性があり、これが本菌が食肉製品からも検出される理由の1つと考えられる。

 本菌の検査法について付け加えると、1883年米国で牛乳、1985年のソフトチーズによる集団発生例が報告され、乳・乳製品の汚染が大きな国際問題となったことから、1988年1月にIDF(国際酪農連盟)では暫定的な試験法を示した。わが国でも、厚生省は1988年2月に「食品(チーズ)中のリステリア菌の検査法」を提示した。これらは簡易

迅速性を中心にしたものであるが、完成された方法とは言えないし、また乳製品以外の食品に適用し得る方法とも言えない。米国FDAでは一般食品に適用できる方法を提唱しているが、これも暫定的な方法のようで、さらに確実で迅速なリステリア菌検査法の確立が急務とされている。

  文献

1)丸山 努:New Food Industry、30(9)、22(1988)

2)丸山 努:食品検査ニュース、栄研化学、No.28、(1989)

3)丸山 努:乳技協資料、38(6)、25(1989)

4)Brackett、R.E.:Food Technol.、42(4)、161(1988)


ワンポイント・レッスン

致命率がずば抜けて高いリステリア症と日和見感染

 わが国で発生するリステリア症は年間40〜50例、北は北海道から南は沖縄県まで広発生している。1986年(昭和61年)までの事例について見ると、患者572名中164名が死亡し、致命率は28.7%と高率であるが、一般に乳幼児より成人の方が高く、ことに50歳以上の致命率が著しく高いのが特徴である。諸外国における本症の致命率を見ると、16.0

〜44.1%、平均30.5%と高率である。これに対し、サルモネラなどの感染型食中毒では致命率は1%以下、赤痢・腸チフスなど経口伝染病を含めた多くの細菌感染症では、近年抗生物質など治療法の進歩も加わり、致命率は昔に比べ比較にならないほど低下した。

 一般に、宿主の健康状態が正常であれば、消化管などに常在する微生物は病原性を発揮することはない。しかし、抗生物質の長期使用などにより常在細菌叢(ミクロフローラ)がかく乱されたり、あるいはなんらかの原因で宿主の抵抗力や免疫性が低下したよ

うなときには、本来なら病原性のない常在菌や外来性の微生物が病原性を発揮することがある。これを日和見感染(opportunistic infection)と呼んでいる。リステリア症についても、特に白血病などにより免疫機能の低下した患者は正常人に比べリステリア菌に日和見感染するケースが多く、かつ、また致命率が高いという。


  (河端俊治:国立予防衛生研究所食品衛生部客員研究員・農学博士)