1.ナグビブリオとその食中毒

 ヒトに病原性のあるビブリオ(Vibrio )は、今までコレラ菌と腸炎ビブリオの2菌種と考えられていたが、近年、研究の進むにつれ、このほかの数種類のビブリオの病原性が明らかにされてきた。ナグ(NAG)ビブリオは、伝染病菌として有名なコレラ菌(Vibrio cholerae)の仲間である。コレラを引き起こすコレラ菌はO抗原(菌体抗原)群1に該当し(O1と

呼ばれる)、その他の血清型群はナグビブリオとして区別されている。厚生省では昭和57年3月に、ナグビブリオなど7菌種を新たに食中毒細菌として指定したが、この際食中毒細菌とされたナグビブリオは、V.cholerae non O1、およびV.mimicusの2菌種であった。

 ナグビブリオによる下痢症は、わが国においては、インド、バングラデシュや東南アジアなどへの海外渡航者に散発的に認められていたが、昭和53年7月に長野県軽井沢町でマグロを推定原因食品とする食中毒が発生し、さらに昭和59年9月、高知県南国市の学校給食で132名(摂食者395名、発病率33.4%)の患者を伴う集団食中毒が発生した。

ナグビブリオのすべてが食中毒を起こすかどうかについては、現在のところ明確ではないが、本菌は海産魚介類に広く分布し、冷凍や冷蔵でも死滅しないので、生鮮魚介類の取り扱いには注意しなければならない。今回はナグビブリオとその食中毒について解説する。

ナグビブリオのプロフィル

 コレラ菌の仲間は、ヒトの伝染病菌として有名なコレラ菌を中心とする一群の細菌で、多数の血清型に分けられ、コレラ菌はそれらの血清型1(O1)に該当する。コレラ菌以外の血清型の菌はナグ(NAG)ビブリオと呼ばれる。NAGは“non-agglutinable”すなわち“凝集

しない”の意味で、ナグビブリオはコレラ菌の抗血清(O1)に凝集しないという通俗名である。しかし、ナグビブリオは分類上Vibrio choleraeに含まれる一連の細菌で、ヒトの伝染病菌であるコレラ菌とは形態学的にも生化学的にも区別ができない。

現在コレラ菌の仲間は血清学的に83に分けられていて、す べてのナグビブリオがヒトに腸炎を引き起こすかどうかは明らか ではないが、コレラ菌の作る一種の外毒素(コレラエンテロトキシンまたは

コレラ毒素といわれる)とよく似た激しい下痢を起 こさせるものがあって、この毒素を産生する菌がヒトに食中毒を起こさせるものと考えられている。細かい菌の性状や分類上の問題は、専門的に過ぎるのでここでは省略する。

1.ナグビブリオとその食中毒

 ヒトに病原性のあるビブリオ(Vibrio )は、今までコレラ菌と腸炎ビブリオの2菌種と考えられていたが、近年、研究の進むにつれ、このほかの数種類のビブリオの病原性が明らかにされてきた。ナグ(NAG)ビブリオは、伝染病菌として有名なコレラ菌(Viblio cholerae)の仲間である。コレラを引き起こすコレラ菌はO抗原(菌体抗原)群1に該当し(O1と

呼ばれる)、その他の血清型群はナグビブリオとして区別されている。厚生省では昭和57年3月に、ナグビブリオなど7菌種を新たに食中毒細菌として指定したが、この際食中毒細菌とされたナグビブリオは、V.cholerae non O1、およびV.mimicusの2菌種であった。

 ナグビブリオによる下痢症は、わが国においては、インド、バングラデシュや東南アジアなどへの海外渡航者に散発的に認められていたが、昭和53年7月に長野県軽井沢町でマグロを推定原因食品とする食中毒が発生し、さらに昭和59年9月、高知県南国市の学校給食で132名(摂食者395名、発病率33.4%)の患者を伴う集団食中毒が発生した。

ナグビブリオのすべてが食中毒を起こすかどうかについては、現在のところ明確ではないが、本菌は海産魚介類に広く分布し、冷凍や冷蔵でも死滅しないので、生鮮魚介類の取り扱いには注意しなければならない。今回はナグビブリオとその食中毒について解説する。

ナグビブリオのプロフィル

 コレラ菌の仲間は、ヒトの伝染病菌として有名なコレラ菌を中心とする一群の細菌で多数の血清型に分けられ、コレラ菌はそれらの血清型1(O1)に該当する。コレラ菌以外の血清型の菌はナグ(NAG)ビブリオと呼ばれる。NAGは“non-agglutinable”すなわち“凝集しない”の意味で、ナグビブリオはコレラ菌の抗血清(O1)に凝集しない

という通俗名である。しかし、ナグビブリオは分類上 Vibrio choleraeに含まれる一連の細菌で、ヒトの伝染病菌であるコレラ菌とは形態学的にも生化学的にも区別ができない。現在コレラ菌の仲間は血清学的に83に分けられていて、すべてのナグビブリオがヒトに腸炎を引き起こすかどうかは明らか ではないが、コレラ菌の作る一種の外毒素(コレラエンテ

ロトキシンまたはコレラ毒素といわれる)とよく似た激しい下痢を起 こさせるものがあって、この毒素を産生する菌がヒトに食中毒を起こさせるものと考えられている。細かい菌の性状や分類上の問題は、専門的に過ぎるのでここでは省略する。

ナグビブリオの分布

 ナグビブリオの生態はコレラ菌のそれと全く同じで、コレラ菌の存在するところには、必ずナグビブリオも居るといわれていて、コレラ菌を含め、V.choleraeは本来水生菌と見なされていて、コレラの流行地ではヒトのみでなくその生活環境、特に河川に常在している。これまで本菌はインドをはじめアジアのコレラの常在地の水や動物などの環境に広く

分布することが知られていたが、最近ではアメリカやヨーロッパ諸国の環境にも広く分布していることが明らかになった。コレラ菌の分類学の権威である坂崎博士(国立予研)によると、わが国では昭和40年頃までは全く検出されなかったが、最近日本各地の河川から容易に検出されるようになったという。そして、ナグビブリオは水だけでなく、カモ、カラス

などの鳥類の糞便、および魚介類からもしばしば分離されている。また東南アジアからの輸入冷凍魚介類(イカ、タイ、アワビ、アカガイ、タコ、イイダコ、イセエビ、エビ類)におけるナグビブリオの汚染も高頻度に見られ、また市販の冷凍エビからの分離も稀でないといわれる。

 このようにナグビブリオが、今までに居なかった場所や生物から検出されるようになったのは、近年の自然環境の汚濁の著しい進行と関係があるようで、このような環境下では、たとえコレラの発生はなくとも、ナグビブリオによる下痢症発生の恐れは十分に考えられよう。

ナグビブリオによる食中毒事例

<事例1>長野県軽井沢町で発生した事件

(1)事件の概要
 昭和53年7月31日、長野県軽井沢町のある病院から所轄保健所に、国民宿舎の宿泊客12名を食中毒の疑いとして診断、治療中であるとの届け出があった。疫学調査から7

%)月30日の夕食に原因があると疑いが持たれた。喫食者135名中18名が発病(発病率13.3、潜伏期は4時間30分〜13時間(平均8時間30分)であった。患者の主な症状は、

腹痛が全員に見られ、1〜6回の水様性下痢17名、37.1〜37.8℃の発熱12名、1〜5回の嘔吐9名、悪寒7名で、12名が臥床したという。

(2)原因食品と病因物質(中毒原因菌)
 135名の7月30日夕食の献立は、マグロの刺し身、中華風酢の物、マスのムニエル、ゆでそば、ローストチキン、カニコロッケ、スパゲティ、漬物などであったが、マスターテーブルといわれる原因食品の解析手段(ワンポイント・レッスン参照)では原因食品を推定する

ことができなかった。いずれの検査 材料からも腸炎ビブリオやサルモネラなど既知の食中毒細菌は検出されなかったが、患者9名中8名の糞便と、7月30日夕食の

刺し身およびローストチキンから、ナグビブリオ(血清型O6)が検出された。各種検査材料からのナグビブリオの検出状況をまとめたものを表2に示した。

 刺し身は、7月29日にK商店から購入したマグロを冷凍室に保管し、30日午前中に解凍、午後に調理、盛り付けを行い、調理から喫食まで約3時間室温(調理室内平均気温32℃)に放置されていたという。

 施設従業員についての調査では、全員健康状態に異常はなく、海外渡航経験者もいなかった。以上のことから本事例の汚染源は刺し身であると推定された。分離菌の生化学的性状は同一で、生物型はすべてU型であり、血清型はV.choleraeのO6であった。

(3)事件発生の原因と事後措置
 本事件は、わが国で初めてのナグビブリオによる集団下痢症となったものである。本事件の発生原因は、大量調理時の食品衛生管理の欠如によるものであることは言うまでもないが、この事件で教訓となったのは、ナグビブリオが冷凍および冷蔵条件下でも生存可

能なことが明らかにされたことで、生鮮魚介類の取り扱いにおける衛生対策に対し、1つの問題を提起したことになる。これらの点について、施設の営業停止処分、および保健所から従業員への教育・指導が行われた。

<事例2>高知県南国市の学校給食で発生した事件

(1)事件の概要
 昭和59年9月3日から5日にかけて、高知県南国市H小学校の給食を受けた395名(うち教職員21名)のうち132名の児童および4名の教職員が、腹痛、下痢を主症状とする食中毒にかかった。患者は、表3に示したように1年から6年まですべての学年で発生したが、高学年ほど発病率が高くなる傾向が見られた。

 日別の患者の発生状況および潜伏期について見ると、第1日目の調査時には123名の有症者がいたが、第2日目には77名が回復している。第3日目には、有症者20名(15%)であり、第5日目まで有症者が認められた。平均潜伏期は11時間であったが、8時間(3日午後7〜8時)のところに第1のピークがあり、その後18時間(4日午後6時)に第2の

ピークが見られた。患者の症状をまとめたのが図1であって、これから分かるように、腹痛、下痢が主症状であるが、嘔吐、頭痛、および発熱も認められた。患者は比較的軽い経過で2〜3日で回復している。

(2)原因食品と病因物質(病因菌)
 原因食品の調査の結果、共通食品は9月3日の給食だけであって、その内容別の摂取状況(マスターテーブル)を表4に示した。当日南国市では、患者発生のあったH校を含む10校とも同一の献立で、原材料の入手は、めん、トマト、キュウリを除き、焼き豚、ハム、錦糸卵、シイタケおよびたれは同一業者から仕入れたものである。なお、めんはH校を含む4校が同一業者のものを使用し、他の6校は別の業者から仕入れた。

 学童および教職員の有症者40名のうち35名の糞便および給食の冷めんからナグビブリオが検出された。また調理従事者4名のうち、有症者1名からも同菌が検出された。35名から検出されたナグビブリオの血清型はO2であった。また冷めんおよび調理従事者由来の血清型もO2であった。

(3)事件発生の原因と問題点
 現地保健所の調査によると、H校の給食施設における調理過程では原材料の加熱、調理器具などの洗浄・消毒などは一応よく実行されていたというが、H校においては、ゆでめん、焼き豚、ハムについては加熱処理を行わずに提供しているのに対し、市内の他の小学校では、いずれも、めんは熱湯処理を施し、焼き豚やハムは蒸したり、炒めたり、熱湯処理をするなど一応加熱処理をしてから提供していた。

 本給食ではナグビブリオ汚染の可能性のある魚介類は使用されておらず、またこれらに接触した器具も認められなかった。一方、冷めん業者の施設の拭き取り検査ではナグビブリオは検出されなかった。この事件で一番気にかかるのは調理従事者の検便結果で、

有症者1名から菌が検出されたことである。事件から9日後の検査で、最初非検出の健康者から菌が検出されたが、16日後の検査では同菌は検出されなかったという。この事件の汚染経路は不明ということであったが、調理従事者が保菌者であった可能性は否定しきれないように思われてならない。

 この事件に対し、県の衛生当局は、9月4日から8日までの5日間、給食施設の使用停止処分を行ったほか、施設の清掃、消毒の立ち会い指導および同市内学校給食従事者の食品衛生講習会の開催、納入業者に対する衛生指導を実施した。


   ワンポイント・レッスン

食中毒の原因食品の究明とマスターテーブル

 食中毒の発生時には、その原因食品、病因物質、汚染経路や汚染源等の調査が行われる。病因物質の検索には細菌学的あるいは化学的・毒物学的手法が駆使されるが、その前提として疫学的方法による原因食品の推定が行われるのが普通である。原因食品を調べるには、マスターテーブルと言って、発病に関連性があると思われる個々の食品に

ついて、食べたか食べなかったかを発病者・非発病者に分けて表を作り、各食品について、患者の喫食率と非発病者の喫食率の間で差のあるものに注目し、両群の発病率について統計的に有意差があるかどうかを調べ、原因食品推定の補助とする。有意差の検定には一般にX2(カイ二乗)検定法を用いる。しかし、このような推計学的な推定結果だけ

で原因食品を断定するわけにはいかない。患者からの材料(下痢便、吐物、血液など)や疑わしい食品や調理器具、材料、水、その他の検体についての検査成績と合わせて、原因食品の解明が行われるのである。

 表4には、南国市の学校給食で発生したナグビブリオ食中毒における原因食品の究明のため作成したマスターテーブルを示した。


  文献

1)H.Kodama et al.、Microbiol、Immunol.、28(3)、311(1984)

2)平田二郎ほか:都衛研年報、36、47(1985)

3)中村武雄ほか:厚生科学研究報告(1985)

  (河端俊治:国立予防衛生研究所食品衛生部客員研究員・農学博士)