6.サルモネラとその食中毒

   ―わが国食中毒の御三家の1つ

サルモネラ食中毒の事例

 欧米ではサルモネラによる食中毒が件数で首位を占めているが、わが国では毎年、腸炎ビブリオ、ブドウ球菌に次いで第3位に位置し、全細菌性食中毒事件数の約10%を占めている。次に代表的な事例を紹介しよう。

〈事例1〉豚レバーによる食中毒

 昭和53年4月29日、福島県郡山市のM電工で患者95名(発病率46.1%)、死者1名を出す事件が発生した。当日、工場関係者とその家族ら約350名が参加して園遊会が催され、会場内に焼き鳥、おでん、焼きそばなどの模擬店が設けられ、昼食に折詰ずしが配られた。同日午後7時頃から、発熱(100%)、下痢(100%)、腹痛(94.6%)、関節痛(26.5%)を訴える患者が出始めた。

 検査の結果、患者の糞便、豚レバーの串焼き(焼き鳥)の残品および納入業者の冷蔵庫内の生レバーからネズミチフス菌(S.typhimurium )が検出され、豚レバーの焼き鳥が原因食品と断定された。本事件はサルモネラに感染した豚のレバーが串に刺され、模擬店頭で調理するまで室温に放置されている間に、菌が増殖し、さらに調理加熱が不十分であったため菌が生き残り、これを摂取したため中毒が発生したものである。

〈事例2〉さつま揚げ食中毒事件

 やや古い事例であるが、昭和43年6月、宮城県、岩手県下で「さつま揚げ」によって608名が食中毒にかかり、4名死亡するという事件が発生した。原因となった「さつま揚げ」は塩竃市内のH商店製のもので、原因菌としてゲルトネル菌( S.enforitidis)が検出された。調査の結果、次の2つのことが判明した。第1は、この工場の「さつま揚げ」の製造工程で加熱が不十分であったことが県衛生部の調査と再現実験で明らかにされた。

サルモネラ菌は本来熱に弱い菌なので、通常のさつま揚げの加熱条件で十分に死滅する はずである。第2は、工場の中にネズミがかなりいて、捕獲したネズミから原因菌と同 一のゲルトネル菌がかなり高率に検出されたことである。つまり、この事件は、ネズミ によってばらまかれたサルモネラが、原料を入れる容器などを汚染し、これに入れた刻 み野菜やすり身中で菌がおびただしく増殖したこと、さらに上記のように、加熱工程の 管理の不行き届きが重なって、このような大事件を引き起こしたものである。

サルモネラ菌のプロフィル

 サルモネラ(Salmonella)は大腸菌や赤痢菌と同じ腸内細菌科に属し、ある特定の性 状を示す細菌の属名である。この菌には2,000に近い菌型(血清型)がある。サルモネラ のすべてに病原性があるわけではなく、ヒトになんらかの疾病を起こさせるのが約半数 で、急性胃腸

炎症状の食中毒の原因となる菌型が約50知られている。腸チフス菌、パラチフス菌はヒトの経口伝染病菌として有名であるが、わが国では伝染病予防法により法定伝染病菌に指定されていて、食中毒菌とは区別されている。ただし、米国やWHOなどでは、サルモネラによる病気は一括してサルモネラ症Salmonellosisとして取り扱われている。

サルモネラ食中毒の発生状況

 わが国では毎年100〜130件、2,500〜2,700名の患者の発生が見られる。他の細菌性食中毒同様6〜9月の夏季に多く発生するが、年間を通じて発生するのが本菌食中毒の1つの特徴である。

 食中毒の原因施設として飲食店、仕出し屋、家庭、事業所などで多く発生している。わが国の食中毒の原因菌として検出頻度の高いのはネズミチフス菌、ゲルトネル菌、トンプソン菌(S.thompson)、インファンティス菌( S.infantis)、リッチフィルド菌(S.richifield)などで、特にネズミチフス菌の検出率は極めて高く、30〜40%にも達する。

サルモネラ食中毒の特徴

(1)どのような食品での中毒が多いか

 サルモネラ食中毒の多い欧米諸国では、その原因食品のほとんどが食肉や食肉製品によるとされている。しかし、わが国の原因食品は欧米とはかなり違っていて、過去には卵焼き、サラダ類、自家製マヨネーズ、卵豆腐など鶏卵やその加工品による事例が多かった。またガチョウやウズラの卵が原因食品となったこともある。昭和33年には浜松市内

でイワシの削り節で32名の患者が出たが、44年10月には埼玉県、茨城県、岩手県などで富山県産の削り節で2,000名以上が、そして50年9月には清水産の削り節で静岡県下を中心に959名という大規模中毒が発生した。削り節によるサルモネラ食中毒の原因菌はいずれもゲルトネル菌によるもので、原料用の節類の保管中にネズミの排泄物で汚染したものといわれている。

 昭和59年7月には長野県下でウナギの蒲焼きで118 名が中毒にかかった。以上のように、わが国ではいろいろな食品でサルモネラ食中毒が発生しているが、都内で発生した事例の原因食品をまとめたものを表1に示した。

 最近は「飲食の時代」とか「グルメ・ブーム」とい われるように、食べる側も、調理・加工する側もやたらに珍しさを追い、奇を衒う風潮が見られる。表1に示したように、牛レバーの刺し身や牛肉のタタキといった、今まで日本で食べなかった生の牛肉や内臓に

よって、都内だけでも20件ものサルモネラ食中毒が発生している。獣肉の生食は細菌だけでなく、トリヒナ(旋毛虫)や条虫類など寄生虫感染の心配もある。肉食が長い伝統となっている欧米各国や、豚など各種動物を消費する中国や東南アジアの国でも、内臓を生で食べるという話は聞いたことがない。一方では食生活の健康志向などと高尚なことを言いながら、現実には牛レバーの刺し身によるサルモネラ中毒が発生するわが国の現状は、全く理解に苦しむものである。

(2)中毒の感染源とサルモネラの汚染経路

 サルモネラ食中毒の発生経路は次の2つに分けられる。第1は、本菌は哺乳動物や鳥類の病原菌でしばしば腸管内に保菌されているため、食肉、内臓、鶏卵等のサルモネラ汚染率が高く、汚染源として重視されている(一次汚染)。市販生食肉の汚染調査成績を見ると、鶏肉で10〜30%、豚肉で10〜20%、牛肉でも5〜20%が陽性であったといわれ2)、生食をすることの多いウズラの卵も数%が陽性であったという。

 第2は、二次汚染であって、汚染源からサルモネラ菌の汚染を受け、これが増殖した食品を摂取した時に中毒が発生する。汚染の機会は、食品原材料の保管中、調理過程、調理・加工した製品の保存・流通過程などいろいろあるが、ことに保菌動物(ネズミやイヌ・ネコなど)の排泄物(糞と尿)や調理従事者(本菌の保菌者)または、汚染した食肉などの調理・運搬などに使用したまな板、調理器具、容器などを介して二次汚染することが多い。

(3)サルモネラ食中毒の症状

 サルモネラ食中毒の潜伏期は6〜72時間(普通12〜24時間)。主要症状は腹痛、下痢、発熱で、ときに吐き気、嘔吐、目まいなどを伴うことがある。下痢は水様性から軟便程度といろいろで、血便や粘血便を排便することもあり、1日数回程度。発熱は38℃前後のことが多い。経過は一般に短く、主な症状は1〜2日でおさまり、1週間くらいで回復する。本中毒で死亡する率(致命率)は1%以下である。

サルモネラ食中毒の予防のポイント

 本菌の食中毒は、腸炎ビブリオなどの感染型食中毒と同様、食品中でサルモネラ菌がおびただしく増殖し、その生菌を食品とともに摂取した時に発生する。本中毒予防の狙いは、まず感染源対策と菌の加熱殺菌または低温による増殖防止に要約することができる。

 サルモネラ菌は芽胞を持たないので十分な調理加熱(本菌は65℃、5分程度の加熱で死滅し、それより高温になれば一層短時間で死滅する)は、有効な中毒予防対策になる。また10℃以下の低温では増殖しないので、食肉、鶏卵などの原材料は当然のことながら、加熱調理した食品でも、喫食するまで時間がかかる時には必ず低温保存、低温流通が予防の骨子になる。もう少し具体的に中毒予防のポイントを次に示そう。

@調理施設、台所、食品倉庫、容器・器具の格納棚などはネズミ、ゴキブリ、ハエなどの侵入できないような構造と設備にすること。

Aニワトリやウズラなどの卵は、初めから本菌の汚染を受けていることが多いので(一次汚染)、加熱調理や製品の低温保持などの対策を考えること。

B牛肉、豚肉、鶏肉や内臓などは、しばしばサルモネラの汚染を受けているので生食を避けること(ただし、肉については汚染は表面に限られることが多いので、ロースト・ビーフやビフテキなどで表面を十分に加熱すれば、サルモネラ菌には安全となろう)。

C過去に中毒の多かった卵焼きや卵豆腐のほか納豆、糖分の少ないあん類、マカロニサラダ、魚肉ねり製品などはpHが中性に近く、かつ水分が多く(水分活性が高く)、本菌の汚染が起これば容易に増殖するので、原料や製品がネズミ、昆虫類、調理人の手指や容器・調理器具等を介して二次汚染の起こらないよう防止に注意すること。

D食品の調理・加工従事者の定期的検便(月1回以上)の励行と、下痢症の人は直ちに医師に検診を受けさせ、完全に下痢が治るまで食品に直接接触させる作業を禁止すること。


   ワンポイント・レッスン

サルモネラの分類とカウフマン・ホワイトの抗原構造表

 サルモネラ属の菌には極めて多種類の抗原(O抗原、H抗原)があって、その組み合わせによって多数の菌型に分類されている。疫学または分類上の立場から、複雑多数のサルモネラの菌型(血清型)を同定するために使われているのが、カウフマン・ホワイトの抗原構造表である。この構造表はヨーロッパの細菌学者White(1926)およびKauffmann(1936)の先駆的研究業績に因んで名付けられた名称である。この表には現在2,000に

近い菌型が記載されているが、1984年、本菌属が国際腸内細菌委員会で再整理され、サルモネラの菌種はブタコレラ菌(Salmonella choleraesuis)を1菌種とし、この中に6つの亜種を置くことにした。今後、学問的な分類はこの方法に従わざるを得ないが、食中毒や疫学の立場では、従来からの血清型による分類が便利なので、当分は使われるものと思われる。


  文献

1)伊藤 武:臨床栄養、69(4) 339(1986)

2)坂井千三:メディアサークル、117、27(1969)

 (河端俊治:国立予防衛生研究所客員研究員・農学博士)