よって、都内だけでも20件ものサルモネラ食中毒が発生している。獣肉の生食は細菌だけでなく、トリヒナ(旋毛虫)や条虫類など寄生虫感染の心配もある。肉食が長い伝統となっている欧米各国や、豚など各種動物を消費する中国や東南アジアの国でも、内臓を生で食べるという話は聞いたことがない。一方では食生活の健康志向などと高尚なことを言いながら、現実には牛レバーの刺し身によるサルモネラ中毒が発生するわが国の現状は、全く理解に苦しむものである。
(2)中毒の感染源とサルモネラの汚染経路
サルモネラ食中毒の発生経路は次の2つに分けられる。第1は、本菌は哺乳動物や鳥類の病原菌でしばしば腸管内に保菌されているため、食肉、内臓、鶏卵等のサルモネラ汚染率が高く、汚染源として重視されている(一次汚染)。市販生食肉の汚染調査成績を見ると、鶏肉で10〜30%、豚肉で10〜20%、牛肉でも5〜20%が陽性であったといわれ2)、生食をすることの多いウズラの卵も数%が陽性であったという。
第2は、二次汚染であって、汚染源からサルモネラ菌の汚染を受け、これが増殖した食品を摂取した時に中毒が発生する。汚染の機会は、食品原材料の保管中、調理過程、調理・加工した製品の保存・流通過程などいろいろあるが、ことに保菌動物(ネズミやイヌ・ネコなど)の排泄物(糞と尿)や調理従事者(本菌の保菌者)または、汚染した食肉などの調理・運搬などに使用したまな板、調理器具、容器などを介して二次汚染することが多い。
(3)サルモネラ食中毒の症状
サルモネラ食中毒の潜伏期は6〜72時間(普通12〜24時間)。主要症状は腹痛、下痢、発熱で、ときに吐き気、嘔吐、目まいなどを伴うことがある。下痢は水様性から軟便程度といろいろで、血便や粘血便を排便することもあり、1日数回程度。発熱は38℃前後のことが多い。経過は一般に短く、主な症状は1〜2日でおさまり、1週間くらいで回復する。本中毒で死亡する率(致命率)は1%以下である。
サルモネラ食中毒の予防のポイント
本菌の食中毒は、腸炎ビブリオなどの感染型食中毒と同様、食品中でサルモネラ菌がおびただしく増殖し、その生菌を食品とともに摂取した時に発生する。本中毒予防の狙いは、まず感染源対策と菌の加熱殺菌または低温による増殖防止に要約することができる。
サルモネラ菌は芽胞を持たないので十分な調理加熱(本菌は65℃、5分程度の加熱で死滅し、それより高温になれば一層短時間で死滅する)は、有効な中毒予防対策になる。また10℃以下の低温では増殖しないので、食肉、鶏卵などの原材料は当然のことながら、加熱調理した食品でも、喫食するまで時間がかかる時には必ず低温保存、低温流通が予防の骨子になる。もう少し具体的に中毒予防のポイントを次に示そう。
@調理施設、台所、食品倉庫、容器・器具の格納棚などはネズミ、ゴキブリ、ハエなどの侵入できないような構造と設備にすること。
Aニワトリやウズラなどの卵は、初めから本菌の汚染を受けていることが多いので(一次汚染)、加熱調理や製品の低温保持などの対策を考えること。
B牛肉、豚肉、鶏肉や内臓などは、しばしばサルモネラの汚染を受けているので生食を避けること(ただし、肉については汚染は表面に限られることが多いので、ロースト・ビーフやビフテキなどで表面を十分に加熱すれば、サルモネラ菌には安全となろう)。 C過去に中毒の多かった卵焼きや卵豆腐のほか納豆、糖分の少ないあん類、マカロニサラダ、魚肉ねり製品などはpHが中性に近く、かつ水分が多く(水分活性が高く)、本菌の汚染が起これば容易に増殖するので、原料や製品がネズミ、昆虫類、調理人の手指や容器・調理器具等を介して二次汚染の起こらないよう防止に注意すること。
D食品の調理・加工従事者の定期的検便(月1回以上)の励行と、下痢症の人は直ちに医師に検診を受けさせ、完全に下痢が治るまで食品に直接接触させる作業を禁止すること。
ワンポイント・レッスン
サルモネラの分類とカウフマン・ホワイトの抗原構造表
サルモネラ属の菌には極めて多種類の抗原(O抗原、H抗原)があって、その組み合わせによって多数の菌型に分類されている。疫学または分類上の立場から、複雑多数のサルモネラの菌型(血清型)を同定するために使われているのが、カウフマン・ホワイトの抗原構造表である。この構造表はヨーロッパの細菌学者White(1926)およびKauffmann(1936)の先駆的研究業績に因んで名付けられた名称である。この表には現在2,000に
近い菌型が記載されているが、1984年、本菌属が国際腸内細菌委員会で再整理され、サルモネラの菌種はブタコレラ菌(Salmonella choleraesuis)を1菌種とし、この中に6つの亜種を置くことにした。今後、学問的な分類はこの方法に従わざるを得ないが、食中毒や疫学の立場では、従来からの血清型による分類が便利なので、当分は使われるものと思われる。
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