7.ブドウ球菌食中毒

 近年わが国のブドウ球菌による食中毒は増加し、年間200〜250件、患者数では4,500〜5,000名、ときには7,000〜8,000名と、腸炎ビブリオに次いで多く発生している。

ブドウ球菌食中毒は毒素型といわれ、黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)の産生するエンテロトキシン(enterotoxin、腸管毒) といわれる毒素を摂取することによって発生する。

 エンテロトキシンを産生するブドウ球菌は、病原ブドウ球菌とか化膿菌ともいわれるように、化膿症の傷口(できものやニキビの化膿も本菌によることが多い)のほか、健康な人の皮膚、鼻の孔(鼻前庭)の粘膜、口腔やのどの粘膜、さらに空中のじんあいなど、われわれの生活環境に広く分布していて(表1)、食品への汚染の機会は極めて多い。

黄色ブドウ球菌のプロフィル

(1)主な性状

 ブドウ球菌は直径0.8〜1.0μm(マイクロメーター)の球状の細菌で、ブドウの房のように集まって増殖するのでこの名が付けられた(電子顕微鏡写真参照)。1980年に示されたブドウ球菌属の分野では、コアグラーゼ(血漿凝集因子)産生能のある菌種は黄色ブドウ球菌(S.aureus)、スタフィロコッカス・インターメディウス(S.intermedius)およびスタフィロコッカス・ハイカス亜種ハイカス( S.hyicus・subsp.hyicus)の3菌種とされているが、ヒトの食中毒の原因となるのは黄色ブドウ球菌だけである。

 黄色ブドウ球菌は、グラム陽性で通性嫌気性である。最適 の増殖温度は35〜37℃であるが、増殖可能の温度範囲は6.6〜45.5℃と幅が広い。しかし、毒素産生は20℃以上で行われる。耐塩性があって、7.5%の食塩培地に増殖する。芽胞は作らないので、60℃で30〜60分で死滅する。

(2)コアグラーゼ型

 黄色ブドウ球菌の産生するコアグラーゼは、免疫学的特異性からT〜[型に型別される。食中毒を起こすのはU、V、YおよびZ型の4型で、この型別は食中毒発生時の疫学調査に広く応用されている(表2参照)。

(3)ファージ型

 ファージ(細菌ウィルス)による黄色ブドウ球菌の型 別法もコアグラーゼ型別法と同様に本菌食中毒の疫学

調査に応用されてきたが、現在では実用的価値はあまりないといわれている。

(4)エンテロトキシンの検出と型別

 現在、黄色ブドウ球菌のエンテロトキシンは免疫特異性からA〜Eの5種類に型別さ れている。わが国で発生するブドウ球菌食中毒事例の90%以上はA型であるといわれる。 近年、エンテロトキシンの極微量検出法であるRPHA法(逆受身赤血球凝集反応)お よびRPLA法(ラテックスを用いる上記の改良法)が開発され、それらキットが市販 されるようになり、食中毒発生時において、検体食品などからエンテロトキシンの検出 が可能になった。

 エンテロトキシンは分子量が30,000〜40,000 万のたん白質であるが、ヒトの消化酵素では不活性化されず、さらに重要なことは耐熱性が過大なことである(ワンポイント・レッスン参照)。黄色ブドウ球菌は各種食品中で増殖し、エンテロトキシンを産生する。図1には池亀らの成績を引用して示した。

ブドウ球菌食中毒の事例

〈事例1〉機内食により発生した事例
 昭和49年2月2日、某飲料会社が企画したヨーロッパツアーの団体客343名が、N航空ジャンボ機でパリへ向けて出発した。ところが、コペンハーゲン到着直前に食中毒症状を訴える人が続発し、乗客196名およびスチュワーデス1名、計197名が発症(発病率57%)、143名がコペンハーゲンの某病院に入院した。機内食食中毒としては世界最大級であったが、幸い死者は出なかった。

 この中毒発生原因について、日本、米国、デンマークがそれぞれ独立して分担分の調査を行ったが、アンカレッジ−コペンハーゲン間で提供された朝食が原因食で、ブドウ球菌食中毒であることが判明した。すなわち、アンカレッジで積み込んだオムレツとハムから検出

された黄色ブドウ球菌のファージタイプと、患者の糞便、吐物から同種のファージタイプ、さらに朝食を作ったコックAの手指の化膿巣、およびコックBの手指から分離されたブドウ球菌のファージタイプが一致した。

 この中毒の潜伏期は1〜3時間がほとんどで、嘔吐、下痢、腹痛が主な症状であった。

〈事例2〉調理パン(卵サラダサンド・三角サンド)による食中毒
 昭和53年6月16〜17日、埼玉県浦和市の幼稚園などで、同市のIベーカリー製造の調理パンを食べた556名中242名(発病率43.5%)がブドウ球菌食中毒にかかった。

 卵サラダサンドの卵とサラダは、前日の夕方2人の従業員によって調理され、冷蔵保管された。パンは前日午後3時頃焼き上げ、室温保管した。調理パンの加工は、翌日3〜7時にかけて3名の従業員によって行われ、包装機でヒートシールされた。

 三角サンドは、上記とほぼ同様に作られ、卵、ハム、ジャムの三角形のサンドイッチを3個1組にして包装した。なお、上記作業は随所で素手で行ったことが分かった。

 細菌検査の結果(残食および吐物)、調理パン(サラダ、卵)から1g当たり黄色ブドウ球菌8.6×107個(コアグラーゼZ型)が検出され、他の5検体からもコアグラーゼZ型菌が検出された。また患者の直採便5名中4名からコアグラーゼZ型菌が検出され、調理従業員の拭き取り検査などで8名中1名の手指、鼻、のどよりコアグラーゼZ型菌が検出され、道

具のステンレスべら7本よりも同型のブドウ球菌が検出された。これらのことから、この食中毒はベーカリーの調理人の1名が汚染源となり、調理パンの加工中に汚染が広がり、ブドウ球菌食中毒の発生につながったものと考えられた。なお、この事件で、発生原因となったベーカリー工場に対し15日間の営業停止処分が行われたという。

〈事例3〉幕の内弁当による中毒事例
 昭和59年10月初旬、東京都内のA会館である団体の全国大会が開催され、全国から604名が参加した。この会合に昼食として出されたB店で調製した幕の内弁当により、午後1時過ぎから嘔気、嘔吐、下痢などの症状を訴える人が続出し、患者数は最終的には198名(発病率33%)にのぼった。

 調査の結果、幕の内弁当の副食全体がブドウ球菌に汚染されていたが、中でも「ふきよせ卵」の汚れはひどく、1g当たり10810 9個の菌数であった。またこの食品からエンテロトキシンAが検出されたので、ふきよせ卵を中心に弁当の汚染があったものと考えられる。

 B店の従業員の手指、弁当残品、患者の吐物、糞便などからコアグラーゼZ型のブドウ球菌が検出され、患者の症状とその検査結果から幕の内弁当を原因食品と断定した。

 なお、B店で作った「ふきよせ卵」などの副食品は、前日の6時半頃から調理され、冷蔵保管後、当日朝6時半頃から盛り付けられた。調製から喫食まで29時間あまりたっていること、この間に調理従事者の手指などから汚染したブドウ球菌が増殖し、エンテロトキシンAを産したものと思われる。

 なお、B店では通常、結婚式の引き出物用折り詰めなどをせいぜい1日100個程度作っていたのが、当日は幕の内弁当635個、さらに内容の異なった弁当、その他パーティー料理など多量の注文を受けた。このような調理能力をはるかに超えた無理な食品の取り扱いや加工などが、食中毒発生の原因となった事例は今までにもかなり多く発生している。

ブドウ球菌食中毒の特徴と予防のポイント

@症状
 潜伏期は1〜6時間、平均3時間である。初め唾液の分泌が増加し、次いで悪心、嘔気、嘔吐、腹痛、下痢が起こる。潜伏期の短いこと、嘔吐の激しいこと、発熱を見ないことがこの中毒の特徴で、1〜2日で完全に回復し、一般に死亡することはない。

A原因食品
 本中毒の原因食品として欧米では、牛乳、乳製品、シュークリーム(またはエクレア)による中毒例が多い。わが国では、かつて、だんご、おはぎ、煮豆類で多く発生していたが、最近では、にぎり飯、弁当類、調理パン、惣菜類で多く発生している。ことに家庭では、にぎり飯による中毒例が多い。

B汚染源と汚染経路
 ブドウ球菌の分布は広く、生活環境のいたるところにいるが、汚染源として最も重要なのは、食品を取り扱う人の手指などの化膿巣で、次いで鼻やのどにいるブドウ球菌で、今までの中毒例では食品の調理者の手指を介して汚染することが極めて多く、またクシャミに

より鼻の菌が食品にばらまかれる事例も多い。食品工場や調理施設では日常、従業員の健康や傷などに注意し、ことに手指などが化膿している者を直接食品に触れる作業をさせないようにすることが、予防上極めて大切である。

 すでに述べたように、ブドウ球菌は6.6℃という低温でも徐々に増殖する。しかし、毒素産生は20℃以上といわれているので、調理加工した食品はでき るだけ速やかに消費すること、また保存するときは10℃以下に保つことがこの食中毒予防のポイントになる。

 ブドウ球菌食中毒の起こり方を図2に示した。


   ワンポイント・レッスン

ブドウ球菌のエンテロトキシン―煮ても焼いても食えないやつ―

 黄色ブドウ球菌の産生するエンテロトキシンはヒトの消化酵素では不活性化されず、さらに重要なことは耐熱性が強く、ことに食品中では耐熱性は強大なことである。ブドウ球菌のエンテロトキシンの発見者として有名なアメリカの故G.M.Dack教授により調べられた、エンテロトキシンの耐熱性を表3に示した。

これから分かるように、エンテロトキシンは沸騰水の温度である100℃で1時間加熱してもなお存在しているし、120℃20分という高圧殺菌の条件下でもなお毒素は完全には不活性化されない。つまり、エンテロトキシンは一般の食品の加熱調理の条件では、その毒性は失われることはない。

 言い換えれば、いったんブドウ球菌が増殖して毒素が作られた食品では、安全対策はないということである。これに対し、芽胞が強大な耐熱性のあるボツリヌス菌の毒素は熱に比較的不安定で、90℃以上では数分の加熱で毒性は消失する。


  文献

1)善養寺浩ら:食衛誌、12(6)、501(1971)

2)池亀公和ら:食品と微生物、2(2)、92(1985)

3)G.M.Dack&W.E.Cary:Prevent. Med.、4、167(1930)

  (河端俊治:国立予防衛生研究所食品衛生部客員研究員・農学博士)