食品添加物基礎講座 (その7)
食品を形作る食品添加物 (3)
 
この講座では、2回にわたって食品を形作る食品添加物を見てきた。今回は、その続きとして乳化剤について見ていくことにしよう。
 
乳化食品を支える乳化剤
食品には、さまざまな形態があるが、そのうち、乳化状食品の影の力となるものが、今回取り上げる乳化剤である。
通常、乳化というと、水と油が混合した乳化状態を思い浮かべるのが、一般的であろう。しかし、乳化とは、水と油、広く見れば極性溶液と無極性(または、低極性)液体が混合し、一方の液中に他方を微粒子にして分散した状態である。事実、乳化食品は、水と油からなる系が多くを占めるが、食品の中には、たんぱく質と水を均一に混和したものもある。このたんぱく質と水との均一の混和も乳化の一つであり、この加工のために使用する食品添加物も広い意味で「乳化剤」と見なすこともできる。
このため乳化剤には、次の2種類の乳化機構が含まれていることになる。
 
・乳化剤:水−油系の一般的な乳化溶液を作る。
・乳化塩:水−タンパク系を乳化する。
 
このうち、水と油の乳化に寄与する狭い意味での乳化剤の働きを示す代表的な食品としては、乳飲料やアイスクリームがある。広い意味での乳化剤のもう一方の機能は、上に挙げた乳化塩とも呼ばれる機能であり、この乳化塩を活用した食品としては、プロセスチーズが代表であり、この他にチーズフード、プロセスチーズ加工品がある。
 
さまざまな機能を持つ乳化剤
ところで、化学的には、「乳化剤」は乳化の機能に限らず、さまざまな機能を持ついわゆる「界面活性剤」といわれる働きを持つものとして広い意味で使われている。食品に用いる乳化剤も、この点を考慮して、これらの機能を持つものの総称としたものである。このため、食品添加物の表示に関する通知では、一括名の乳化剤は次のように定義されている。
 
食品に乳化、分散、浸透、洗浄、起泡、消泡、離型等の目的で使用される添加物及びその製剤
 
この定義に示されるように、さまざまな機能が認められている。
 
個々の機能を次のように簡単にまとめることができる。
 
乳 化:乳化とは水と油のように混合しない成分の一
方を、他方に分散させることをいう。
牛乳、アイスクリーム、マヨネーズのような水中油型(O/W型)、バターやマーガリンのような油中水型(W/O型)の乳化がある。
さらに、最近は、W/O/W型やO/W/O型のような多相型の乳化もある。
 
分 散:微粉末のような固体を溶液に安定して懸濁さ
せることをいう。
ココア粉末を水に均一に懸濁させたココア飲料、ココア粉末をカカオバター(油脂)に砂糖と共に懸濁させ凝固させたチョコレートなどが、分散の例である。
 
湿 潤:濡れにくい固体の表面を、水に濡れ易くする
ことをいう。
 
浸 透:湿潤させた固体表面から内部に有効性分をし
み込ませることをいう。
 
洗 浄:石鹸で知られるように表面に付着した異物質
を洗い流すことをいう。
この効果は、食品添加物としてより、乳化剤を配合した食品用の洗浄剤の形で使用されるケースが多い。
 
起 泡:液体を混合したときに生じる気泡を維持させ
てボリュームを出すことをいう。
アイスクリーム、スポンジケーキ、ホイッピングクリームなどの泡立てとその保持など多くの食品で事例がみられる。
 
消 泡:液体を混合するときに生じる気泡を破り、生
じた泡を消すことをいう。
豆腐の製造における豆乳を煮る工程などのように、食品製造の際に望まないのに泡が立つことがある。この泡を消すためにグリセリン脂肪酸エステルなどが使われる。
シリコーン樹脂のように、乳化剤以外の消泡剤もある。
 
離 型:食品の製造用の機具から離れやすくすること
をいう。
 
水−油系食品に使われる乳化剤には、水との親和性に富んだものから、油との親和性に富んだものまで、幅広い種類がある。乳化剤を選択することにより、乳化状態を作る他に、乳化している状態に親和性のない乳化剤を添加して、その状態を破ることもできる。
起泡と消泡という逆の効果が期待されているが、これも乳化とそれを破る機能と同様で、乳化剤の使い分けによりその機能を効果的に発揮させている。
デンプンでの乳化剤の効果は、デンプンの水による膨潤を調節し、α化後の糊化を防ぎ、老化を防止することにある。このようなデンプン食品の代表がパンや焼き菓子類である。
このように、食品の製造工程における乳化剤の作用は多岐にわたっている。
 
乳化剤として使われる食品添加物
ここまで説明した乳化剤として使われる食品添加物には、さまざまなものがある。それらを次に示す。
 
代表的な食品用乳化剤
 
A. ノニオン系乳化剤
グリセリン脂肪酸エステル
グリセリン脂肪酸エステル(いわゆるモノグリ)
蒸留モノグリとモノ−,ジ−混合モノグリがある。
グリセリン有機酸脂肪酸エステル類  
グリセリン酢酸脂肪酸エステル,
グリセリン乳酸脂肪酸エステル,
グリセリンジアセチル酒石酸脂肪酸エステル
等 5種類
ポリグリセリン脂肪酸エステル類
ポリグリセリン縮合リシノレイン酸エステル
等 2種類
*グリセリン酢酸エステル(トリアセチン)
(溶剤であり乳化剤としは使用されない)
★エトキシ化グリセリン脂肪酸エステル
(日本では指定外で使用できない)
 
ショ糖脂肪酸エステル
 
ソルビタン脂肪酸エステル
 
プロピレングリコール脂肪酸エステル
 
ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル類
(ポリソルベート類4種類) 
 
レシチン類
レシチン(植物レシチン,卵黄レシチン)
分別レシチン
酵素処理レシチン、酵素分解レシチン
 
B.アニオン系乳化剤
アシル化乳酸類
ステアロイル乳酸カルシウム
★ステアロイル乳酸ナトリウム(現在指定検討中)
★脂肪酸乳酸エステル(アシル化乳酸)
(日本では指定外)  等
 
*脂肪酸塩類
★ステアリン酸ナトリウム(日本では指定外)
*オレイン酸ナトリウム(被膜剤としてのみ可)
★パルミチン酸カリウム(日本では指定外)
 等
 
この表で★印を付けたものは、今後食品添加物として使用が認める方向で、検討されているものもあるが、現時点(2010年4月25日現在)では、指定外食品添加物のため日本では使用できないので注意する必要がある。
 
これらの乳化剤の中では、簡略化してモノグリと呼ばれるグリセリン脂肪酸エステルが大きなウェイトを占めている。次いでソルビタン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステルなどが使用されている。
ショ糖脂肪酸エステルは、日本で広く使われている乳化剤で、世界的にはこれから伸びて行くものと見られている。
製パン、製菓用には、世界的にアシル化乳酸塩類が使用されているが、日本では、カルシウム塩だけが使用されてきており、現在ナトリウム塩の食品添加物指定に向けた検討が進められている。
また、チョコレート菓子類を中心に既存添加物のレシチン類もよく使われている。
 
広く使われているモノグリ類
乳化剤の代表となるものは、モノグリとも呼ばれているグリセリン脂肪酸エステルである。動物や植物から得られる油脂類は、多価アルコールの一つであるグリセリンに脂肪酸が3つ結合したエステル(トリグリセリド)である。一方、乳化剤としては、グリセリンに1つ脂肪酸がついたエステル:モノグリセリド(いわゆるモノグリ):が主体のものと、このモノグリに、2つエステル化したジグリセリドが混合したものが、主に使用されている。
日本では、精製の技術が進んでいたこともあり、蒸留することによってモノグリセリドの含量を高くした、いわゆる蒸留モノグリ(DM)が何の疑いもなく使われてきたが、米国を初め世界的には、製法の違いもあり、モノグリセリドとジグリセリドの混合物のまま乳化剤として流通してきた。世界的に見ると、DMは、近年普及してきたものである。
水と油に対する性質は、脂肪酸の数、脂肪酸の種類によって異なるため、使用の目的に応じたモノグリが選択されている。
モノグリセリドに、更に、酢酸や乳酸などの有機酸が結合したモノグリの誘導体(有機酸モノグリ)類がある。これらは、油脂類やデンプンに対してそれぞれ特有の性質があり、目的に応じて使用されおり、日本でも様々な使い方が研究されている。特に、欧米諸国では、ジアセチル酒石酸モノグリがパンなどの生地改良効果を持つ乳化剤として使われている。
また、グリセリンが重縮合したポリグリセリンの脂肪酸エステル類である、ポリグリセリン脂肪酸エステルおよびポリグリセリン縮合リシノール酸エステルも使われている。
日本では、これらの有機酸モノグリやポリグリも合わせて「グリセリン脂肪酸エステル」として、一括して食品添加物に指定されている。
グリセリン脂肪酸エステルの中の変わり種としては、グリセリンラウリン酸エステルのような中鎖の脂肪酸エステルがある。中鎖の脂肪酸には微生物の繁殖を抑える効果も認められることから、このような中鎖の脂肪酸によるモノグリ類は、食品の日持ちを向上させる目的で使用される場合が多い。
さらに乳化剤とは言えないグリセリン脂肪酸エステルもある。これは、通常はトリアセチンと称されることが多いグリセリン三酢酸エステルである。トリアセチンは、油脂の3つの脂肪酸が全て酢酸になっているもので、香料の溶剤などに使われるものである。
 
既存添加物のレシチン類
レシチンは、グリセリン二脂肪酸エステル(ジグリセリド)のリン酸誘導体付加物であり、天然物に由来する既存添加物である。
既存添加物名簿には、乳化剤として使われる物質が18品目収載されている。このうちの代表的なものが、植物レシチンおよび卵黄レシチンであり、これらのレシチンからさらに有効性の部分を取りだした分別レシチンもある。また、レシチン類を酵素で処理したものに酵素処理レシチンと酵素分解レシチンがある。
植物レシチンと卵黄レシチンは、古くから食品の乳化に使われてきた天然系の物質である。ヨーロッパで売られているチョコレート類の原材料表示には、乳化剤としてのレシチンの表示またはE322というE番号による表示を、しばしば見掛けることができる。
日本では、食品,添加物等の規格基準で「レシチン」の成分規格が設定されているため、大豆などを原料とする植物レシチンと鶏卵を原料とする卵黄レシチンは、いずれもこの定められた成分規格に合致するものだけが食品添加物として使用できることになっている。
また、卵と大豆は、アレルギー発症の原因になることもあるため、これらを原料として使用している場合は、その旨が表示されている。このうち、卵黄レシチンは表示が義務づけられており、大豆を原料とするものは、表示が推奨されているものである。
 
その他の乳化剤類
モノグリ類とレシチン類の他の乳化剤には、ショ糖脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステルなどの多糖類または多価アルコールの脂肪酸エステル類があり、ステアロイル乳酸カルシウム(CSL)のようなアシル化乳酸の塩類もある。
この中で、ショ糖脂肪酸エステルは、脂肪酸がショ糖の水酸基とエステル結合した乳化剤であり、主として日本で研究開発されてきたものである。欧米での使用は、今後普及していくものと見られる。ショ糖と結合している脂肪酸の数、種類により、さまざまな製品があり、水と油脂の乳化に幅広い対応が可能である。
CSLは、長い間パン専用の乳化剤として使用されてきたが、近年使用基準が拡大されて焼菓子類、蒸しパン・蒸しまんじゅう類、一部の麺類などにも使用できるようになってきた乳化剤で、主としてデンプン系食品に使用されている。
 
新しく指定されたポリソルベート類
長い間日本で使用できなかったポリオキシエチレンソレビタン脂肪酸エステル(ポリソルベート類)は、2002年に方針が示された国際汎用添加物の日本での指定に向けての検討では、第1に採り上げられたものであり、追加の安全性試験結果の評価も経て、2008年4月30日に、ポリソルベート20(モノラウリン酸エステル)、ポリソルベート60(モノステアリン酸エステル)、ポリソルベート65(トリステアリン酸エステル)およびポリソルベート80(モノオレイン酸エステル)の4品目が食品添加物として指定され、成分規格、使用基準も設定された。
ポリソルベート類は、水に溶けにくいソルビタン脂肪酸エステルにエチレンオキシドを反応させて水との親和性を改善したものであり、欧米では広く使用されてきた乳化剤である。これらを使用した食品が輸入できないことから、貿易障害の1つに数えられてきたものである。
今後、国内での使用も増加していくものと考えられる。
 
日本では使用できない主な乳化剤
SSL(ステアロイル乳酸ナトリウム)は、カルシウム塩であるCSL(日本でも指定済み:前述)と共に、アシル化乳酸類系乳化剤として米国で開発されたアニオン系の乳化剤である。
ナトリウム塩であるSSLは、吸湿性があり、加水分解されやすいものの、カルシウム塩のCSLと比べると水との親和性が良く、パンや焼菓子類を中心に使用されており、世界的な使用量は多く、欧米ではCSLに比べはるかによく使われている。
現在、指定のための安全性の検討は終了し、薬事・食品衛生審議会の検討も終わり、告示に向けての作業が進められている。
エトキシ化モノグリセリド(EMG)も、食品添加物としての指定がなく、日本では使用が認められていない。
石鹸として知られる脂肪酸のナトリウム塩や、薬用石鹸として使われる脂肪酸のカルシウムやカリウム塩類の多くは、食品添加物として指定されていないため食品用には使用できない。なお、ステアリン酸カルシウムは、近年、食品添加物として指定された。
 
プロセスチーズに使われる乳化剤
これまで説明してきた乳化剤は、水と油の親和を中心にデンプン食品などで使われるものであった。初めに触れたように、プロセスチーズなどに使われる乳化塩類も「乳化剤」として一括名での表示が認められている。
これは、ナチュラルチーズを原料として作られるプロセスチーズでは、原料のチーズを加熱溶解するときに、たん白質の1種であるミルクカゼインが凝固することがある。カゼインを水相に分散させ乳化させて、この凝固を防ぐことが行われている。この目的で、クエン酸やリン酸のナトリウム塩あるいはカリウム塩などが加えられることは、国際的に広く行われている方法であり、この塩類を、「乳化塩」あるいは「乳化剤」として一括表示することも国際的に認められている。このため、日本でもプロセスチーズとうに使用したとき、「乳化剤」と表示することが認められたものである。
この特別の「乳化剤」の目的で使用される塩類としては、クエン酸のカルシウム塩およびナトリウム塩、ピロリン酸,ポリリン酸およびメタリン酸のカリウム塩及びナトリウム塩類、リン酸の各種塩類が認められている。
 
このような「乳化剤」があることも、食品に携わる人々にとっては、知っていて良いことだろう。
 
(2010年4月25日 加筆・改訂)


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