8.セレウス菌とその食中毒

 ―加熱調理にも生き残るくせ者

 セレウス菌(Bacillusu cereus)は、土壌、ほこり、汚水、野菜、香辛料など自然界 に広く分布する好気性芽胞形成菌で、食物の腐敗細菌として古くから知られていた。し かし、その病原性についてはあまり問題にされず、衛生微生物学の分野では雑菌として 取り扱われてきた。近年、本菌による食中毒がしばしば報告されるようになり、食中毒 起因性セレウス菌の研究も進展してきたところから、厚生省では昭和57年3月に、ナグ ビブリオ(NAGVibrio)など7菌種を新たに食中毒菌と認定した際に、ウェルシュ菌とと もにこのセレウス菌を食中毒菌として再確認し、58年から正式に食中毒統計の中にセレ ウス菌食中毒として収載することにした。

セレウス菌のプロフィル

 本菌は芽胞を形成するグラム陽性の桿菌で、好気的および嫌気的条件下で増殖できる通性嫌気性菌で、周囲に鞭毛を持ち、運動性がある。芽胞は細胞のほぼ中央に位置し、耐熱性があり、100℃、30分の加熱に耐えるものがあり、炊飯後の米飯や加熱調理食品からしばしば検出されている。

 本菌の増殖可能PH域は、4.9〜9.3といわれ、多くの食品で増殖できる。増殖温度は10〜45℃で、至適温度は28〜35℃、発芽時間は1〜59℃と広い範囲で認められる。従って、10℃以下の食品の低温保存は本菌食中毒の予防に有効な手段と言える。

 後述するように、セレウス菌の食中毒には嘔吐型と下 痢症型がある。セレウス菌の生化学的性状で見ると、でんぷん分解性のあるものとないものがある。嘔吐型食中毒由来株および加熱処理した食品から分離される

菌株の多くは、でんぷん分解性がなく(陰性菌)、これに対し、下痢症型食中毒由来株および土壌、非加熱食品分離株ではでんぷん分解陽性株が多いといわれる。

セレウス菌食中毒の特徴

 セレウス菌食中毒には嘔吐型と下痢型がある。その主な症状や潜伏期を取りまとめたものが次の表1である。嘔吐型は一般に潜伏期が短く(30分〜5時間、普通1〜3時間)、激しい嘔吐が特徴となっている。この嘔吐型はブドウ球菌食中毒によく似ていて、食物中に産生された毒物によって発病するところから、毒素型食中毒の範疇に入れられている。これに対し、下痢型は嘔吐型より潜伏期が長い(8〜16時間、普通10〜12時間)。

 この型の食中毒はウェルシュ菌食中毒によく似ていて臨床的には区別できない。この下痢型は食物の中におびただしく増殖した生菌を摂取して発病することから従来からいわれている感染型食中毒に該当する(ワンポイント・レッスン参照)。

セレウス菌食中毒の発生状況

(1)食中毒の発生状況

 すでに述べたように、セレウス菌食中毒が正式に食中毒統計に収載されるようになったのは昭和58年からであるが、厚生省食品保健課で毎年取りまとめて発表している「食中毒発生状況」によると、昭和58年から62年までの最近5か年間に発生したセレウス菌食中毒の発生件数は、毎年10〜18件(平均15件)、患者数は250〜558名(年平均359名)であって、最近5か年の全細菌性食中毒において、事件数では1.5〜2.2%、患者数では0.8〜2.2%の割合を占めている。

 セレウス菌食中毒は日本だけでなく欧米各国でもしばしば発生している。1950年にHAUGE4)により初めて下痢型食中毒が報告されて以来、ハンガリー(117例)、フィンランド(50例)、オランダ、カナダなど各国で200例を超すといわれている。一方、嘔吐型食中毒は、1971年にイギリスで最初に報告されて以来、1979年までの9年間に約170例が報告されている。わが国の発生例の多くは嘔吐型食中毒であるといわれる。

(2)川崎老人ホームでの発生事例 2)

 今まで発生したセレウス菌食中毒の中で、厚生省の全国食中毒事件録(昭和55年)に掲載されている川崎市の老人ホームの事例の概要を紹介しよう。

 昭和53年10月14日(土)、川崎市高津区菅生にある川崎市福祉会鷲ケ峰老人ホームで、摂食者229名中75名が発病し(発病率32.8%)、うち3名が死亡する(致命率4%)という食中毒事件が発生した。

 調査の結果、原因食品は幕の内弁当とカレーであり、これらはS中央給食センター(相模原市)と老人ホーム給食施設(川崎市)より提供されたものである。

 幕の内弁当(昼食)およびカレー(夕食)の残品から検出されたセレウス菌が病因物質と決定されたが、その汚染源は不明であった。なお死亡者が3名も出たのは本菌食中毒としては稀なことであるが、おそらく抵抗力の弱い高齢者がかかったためではないかと思われる。

 当日、このホームでは運動会が企画され、昼食として幕の内弁当250食をS中央給食センターに特別注文し、午前11時〜11時30分に喫食され、また夕食は同ホーム内の調理施設で調理したカレーを午後4時〜4時30分の間に喫食したという。患者の症状等は表2に示したが、下痢と腹痛が主体であったところから見て下痢型食中毒と言えよう。

セレウス菌食中毒の原因食品

 嘔吐型と下痢型食中毒では原因食品にそれぞれ特徴が見られる。わが国で発生した嘔吐型食中毒(54例)について、原因食品別に発生特徴を表3にまとめて示した。

これから分かるように、焼き飯、ピラフによる事例が最も多く、この他にオムライス、チキンライス、にぎり飯、すし、弁当を加えると、米飯を主体とした食品が全体の70%を占めている。またスパゲティ、焼きそば等のめん類による事例もかなりある。その他の食品では豆腐のおから、厚焼き卵、野菜の煮物、ローストチキン、五平餅等がある。

 イギリスで発生した嘔吐型食中毒110例中108例が、米飯、焼き飯によって起きている(Gilbert、19794))。他の国の発生事例を見ても米飯などの食品の事例が多い。米飯類によって食中毒が多く発生するのは、前日またはそれ以前に炊いた米飯を調理加工したり、または調理した焼き飯等を室温で長時間放置しておくことが原因となることが指摘されている。

 他方、下痢型食中毒の原因食品は、嘔吐型と異なって、肉類、スープ類、バニラソース、ソーセージ等多種類にわたっている。わが国においても、プリン、ハンバーグ、幕の内弁当その他種々の食品で下痢型食中毒が発生している。

セレウス菌食中毒と毒素

 セレウス菌は溶血毒など種々の菌体内毒素を産出する。これらのうち食中毒に関係する毒素にはエンテロトキシンと嘔吐毒がある。

(1)エンテロトキシン(下痢原性毒素)

 セレウス菌の産出する下痢原性毒素はエンテロトキシンといわれる。この毒素の名称はブドウ球菌、病原大腸菌、ウェルシュ菌の毒素と同じ名称なのでまぎらわしいが、そ

れぞれ違った物質である。セレウス菌のエンテロトキシンは現在のところ完全に精製されたものは得られていないが、本体は分子量50,000〜57,000のたん白質で、56℃5分間の加熱によって容易に失活する(前回解説したブドウ球菌のエンテロトキシンは、極めて耐熱性が強く120℃、20分間の加熱でも完全には失活しない)。

(2)嘔吐毒

 嘔吐型食中毒由来のセレウス菌を米飯中で培養し(30℃、18〜20時間)、ジアスターゼで消化し、サルに経口投与したところ半数が嘔吐を起こしたという。嘔吐毒は他の細菌毒素と異なって低分子物質(ペプタイド)で抗原性はないといわれ、加熱、pH、酵素処理に対して極めて安定な毒物である。しかし、現在のところその化学構造等は解明されるまで至っていない。

 セレウス菌のすべてが嘔吐毒を産生するかどうか、また嘔吐毒の産生とエンテロトキシンの関連性などについてもよく分かっていない。

セレウス菌食中毒の予防

 セレウス菌は土壌菌で、自然環境中での分布は広く、米など農産物由来の食品への汚染を完全に防止することは困難というより、実際問題として不可能と言ってよい。今まで日本をはじめ欧米各国で発生した食中毒は、米飯や焼き飯による事例が多く、また原因食品はほとんど加熱調理工程を経たものである。

 セレウス菌は少量摂取しても決して食中毒にはかかることはなく、必ず、食品中でおびただしく増殖することが前提となっている。

 本中毒の予防対策は他の食中毒細菌と変わらないが、参考のためGilbert4)ら(1979)の米飯および焼き飯による食中毒予防の4つのポイントを紹介しておこう。

(1) 一度に大量の炊飯をしないこと。焼き飯等の調理加工までの時間を短くすること。

(2) 炊飯後、米飯はすばやく高温(50℃以上)、または冷却して保存すること。調理後は2時間以内に冷蔵庫に入れること。米飯を放冷する時は、小分けをするか、清潔な容器に移し、できるだけ早く温度を下げること。

(3) 米飯、焼き飯は、10〜50℃の温度帯で保存しないこと。さらに常温では2時間以上放置しないこと。

(4) 焼き飯に使用する鶏卵は新鮮なものを使用すること。

 上記の予防のポイントは、米飯だけでなくすべての調理食品にも適用し得るセレウス菌食中毒予防対策である。


   ワンポイント・レッスン

感染型と毒素型食中毒の区別

 わが国では、一般に細菌性食中毒は感染型、毒素型、その他の3つに大別してきた。感染型は生菌型ともいわれ、食中毒細菌(生菌)の濃厚汚染を受けた飲食物を摂取し、さらに原因菌が消化管等で増殖して起こる中毒である(例:サルモネラ、腸炎ビブリオ等)。これに対し、毒素型は、ある食中毒菌が食物中で増殖した際に産生する毒素を摂取する

ことによって発生する(例:ブドウ球菌、ボツリヌス菌)。ところでセレウス菌食中毒は感染型と毒素型の2面性があって、嘔吐型は食品中で産生する嘔吐毒によって発症する(食物内毒素型)。しかし、下痢型はヒトの腸管内で菌が増殖した際に作られる下痢原性毒素(エンテロトキシン)によって発症するもので、生体内毒素型ともいわれている。し

かし、下痢型セレウス菌は、ブドウ球菌のように食物中では毒素を作らず、食物中でおびただしく増殖した生菌を摂取することが前提となっている。従って、下痢型セレウス菌食中毒は従来の分類では、「感染型」のカテゴリーに入れられることになる。数種の菌の毒素の名称がエンテロトキシンと同一で、しかも中毒の発生の仕組みが、生体内毒素

産生型と食物内毒素産生型という表現も加わって、感染型と毒素型食中毒という定義もややこしくなり、その区別もあまり明確でなくなってきたようである。


  文献

1)S.Hauge:j Appl、Bacteriol.、18、591(1955)

2)厚生省・食中毒事件録(昭和55年度)

3)品川邦汎(春田・宇田川編、生活と衛生微生物)、P.291、南山堂(1985)

4)R.J.Gilbert et al.、J.Hyg. Camb.、73、433、(1974)

  (河端俊治:国立予防衛生研究所食品衛生部客員研究員)