食品添加物基礎講座 (その15)
栄養成分の補填・強化に関わる食品添加物
これまで、食品を製造あるいは加工する際に使用される食品添加物について見直してきた。今回は視点を変えて、食品本来が持っていた栄養成分が、調理・加工の過程で減少するときに、補填・強化の目的で配合される食品添加物について見直すことにしよう。
 
栄養強化の目的
加工食品に使用した食品添加物は、原則としてそのすべてを表示することが定められているが、その中で、栄養強化の目的で使用した場合は、加工助剤およびキャリーオーバーとみなされる食品添加物とともに、その表示を省略することが認められている。
この栄養強化の目的とは、次のようなことを意味している。
 
@ 食品の加工の段階で、食品中に含まれていたビタミンや必須アミノ酸などの栄養成分、カルシウムや鉄のようなミネラル類などが、水に溶けだして流失したり、食品の調理や加工の際に、分解されて栄養価がなくなったり、人に吸収されにくい形に変化したりすることがある。このような、食品加工の段階で失われる、本来の食品が持つ栄養価を補填する目的で使われるものを、栄養強化の目的での使用という。
食品の原材料として使われる多くの素材食品には、さまざまな栄養成分が含まれている。食品の加工・製造の段階でこの栄養成分が減少したり、なくなることがある。このことは、消費者がその素材食品にいだくイメージと、実際の栄養価値に大きな差が生じることになる。消費者の持つ栄養成分に対するイメージを保証するためには、加工中の損失を考慮して素材食品を多めに使うことも行われている。しかし、このような手段でも消失した栄養価を補うことが困難な場合もある。加工食品の中には、多量に素材食品を使用して、減少を補うことが困難な場合がある。この問題に対応するために、素材食品の持つ栄養価に近付ける栄養成分補填を目的として、食品添加物を使用することが行われる。
A 通常使われる食品の代わりに開発された食品では、本来の食品に含まれる栄養成分が不足する場合がある。このような本来の食品が持つ栄養成分に合わせる目的で食品添加物を使うことがある。これが、食品添加物の強化の目的での使用である。
代表的な例が、粉ミルクのような母乳代替食品へのミネラル分の強化がある。粉ミルクなどの原料となる牛乳では、母乳との違いによって、ミルクから得られる栄養成分に、本来の母乳が持つ栄養成分、微量の亜鉛や銅が不足している。このために、母乳に近付ける目的で食品添加物の亜鉛塩類や銅塩類が、栄養成分の強化の目的で使用される。
 
ここまで示してきたように、食品衛生法上での栄養強化目的での食品添加物の使用とは、一般的には、失われたものを補填する目的、あるいは代替食品などで、本来の食品にあるべき成分の不足を補填する目的が想定されている。したがって、健康志向食品などで使われる「○○強化」というような、特定の栄養成分を豊富に含むように処理したものとは異なるものである。
○○強化などのような特定成分の強化という意味での栄養成分の使用は、食品衛生法とは別に健康増進法で規定されている。ただし、健康志向食品も加工食品の一種であり、表示に関しては、食品衛生法の規定に従うことが求められる。
 
このような栄養強化の目的で使われる食品添加物としては、ビタミン類、アミノ酸類、ミネラル類および核酸類がある。
それぞれのグループに含まれる食品添加物の数とその代表的な食品添加物は、次のとおりである。
  指定添加物 既存添加物
ビタミン 33 17
アミノ酸



 
24
L-イソロイシン
L-リシン
L-グルタミン酸ナトリウム  
など
13
L-アスパラギン酸
など

 
核酸

 


 

5’-アデニル酸
5’-シチジル酸
ミネラル




 
32
(亜鉛,銅各2品目)
塩化第二鉄
乳酸カルシウム
炭酸マグネシウム
など

(枝番品目:11)
焼成カルシウム
など

 
(2010年5月28日新規指定現在)
 
ビタミン類
ビタミン類は、極めて少量で人の体に機能を発揮するものであるが、人体内では生成できないために、食品などから摂取する必要がある物質である。
素材食品中のビタミン類は、食品の加工中の加熱によって分解されたり、水に溶けて流出したりすることがある。この消失するビタミン類を補うために食品添加物を添加することが多い。
ビタミン類には、水に溶け易い水溶性のものと油脂類に溶ける脂溶性のものがある。
このうちビタミンCのような水溶性のビタミンは、水洗や簡単な調理で失われることがある。この減少を防ぐには、調理方法に工夫が加えられているが、不足する場合には、食品添加物としてのビタミンC類を使用して補填することが行われる。この際、L-アスコルビン酸パルミチン酸エステルのように水に溶けにくくした形で補填することも行われる。
同様に、水溶性のビタミンB(チアミン)類は、安定な誘導体が求められ、さまざまな会社で開発され特許申請が行なわれたこともあり、塩酸塩、ラウリル硫酸塩などの形でその安定化が図られている。現在は、9種類の指定添加物がある。
なお、ビタミンAやビタミンEのような脂溶性のビタミン類は、加熱調理に比較的安定なものも多い。このために、栄養成分の補填の目的で食品添加物が使用される事例は少ない。これら脂溶性のビタミンの中には、ビタミンAの前駆体であるβ-カロテンやビタミンEのうちd-δ-トコフェロールのように抗酸化作用が認められているものもある。
 
アミノ酸類
アミノ酸類には人体内で生成されない必須アミノ酸(不可欠アミノ酸)と、体内で生成される非必須アミノ酸がある。強化の目的に使用されるアミノ酸の主体は必須アミノ酸であり、一方、非必須アミノ酸はと主として調味の目的で使用される。
必須アミノ酸は、人の成長、維持に不可欠な(必須の)アミノ酸であり、体内では生成できないため、食品などで摂取しなくてはならない。このようなアミノ酸は、食品の加工で失われた場合の補填は勿論、各種のアミノ酸を組合せた栄養補給目的の飲料などでもそれぞれの状況に応じて使用されている。
グルタミン酸ナトリウムやアラニンのような必須とされていないアミノ酸は、総合アミノ酸製剤あるいは複合アミノ酸製剤などで、必須アミノ酸の味を矯正する目的などで少量併用されることがあり、全体として強化の目的で使われるものと認められている。
これらの食品添加物を栄養強化の目的で使用された場合は、その食品添加物の表示を省略することが認められている。
ところで、甘味料のアスパルテームの原料の一部であるL-フェニルアラニンについては、注意喚起のための表示が定められている。これは、L-フェニルアラニンの摂取を避けなければならないフェニルケトン尿症のような人々がいるためである。このことを考慮すると、定めはないもののL-フェニルアラニンを添加した場合には、使用している旨の表示を行うことが望ましい。
また、グリシンは調味の目的あるいは栄養強化成分の補佐的な目的以外に、加工食品の日持ちを向上する目的で使用される場合も多い。このような使い方の場合は、日持向上剤としての使用とされ、物質名で表示することが求められている。この点には留意する必要がある。
 
主体はカルシウムと鉄のミネラル類
栄養強化の目的で使用されるミネラル系の食品添加物は、カルシウム塩類と鉄塩類が主体であり、その他に近年強化の目的での使用が認められたマグネシウム塩類と母乳代替食品を中心に使われてきた亜鉛塩類と銅塩類(いずれも、グルコン酸塩と硫酸塩に限られる)の4種類のミネラルがある。
指定添加物のカルシウム塩類では、特別に認められた食品を除いては、食品中にカルシウムとして 1.0%を超えてはならないという使用基準が定められている。一方生石灰(酸化カルシウム)や焼成カルシウムなどの既存添加物には、このような使用基準は定められていない。ただし、カルシウム塩類を加工食品の製造に多量使用すると、食品の味に影響を及ぼすため、通常は指定添加物の場合と同程度の使用量に制限される。また、既存添加物の骨焼成カルシウム以外の焼成カルシウムは、主要成分が酸化カルシウムであり、水と反応して強いアルカリ性を示す。使用する際には、この点に注意する必要がある。
鉄は必須のミネラルであるが、必要量は少なく、通常は、特有の鉄味を有するため、鉄塩類の配合量は、一般的に少量である。鉄塩類の中では、クエン酸第一鉄ナトリウムが最も多く使われている。なお、鉄塩類には、乳酸鉄のような2価の鉄塩と塩化第二鉄のような3価の鉄塩があり、さらに、指定添加物に限らず、ヘム鉄のように既存添加物もある。このように、さまざまな鉄塩の中から、食品の特性、製造過程での安定性などを目安に、適切なものを選択して使うことが必要である。
長年、健康志向食品に関連する業界が待望してきたマグネシウムに関する栄養強化目的での使用が、2004年1月に認められ、炭酸マグネシウム、リン酸三マグネシウムなど5品目の使用が可能となっている。
また、亜鉛塩と銅塩のうち、グルコン酸の塩類(グルコン酸亜鉛、グルコン酸銅)に関しては2005年12月に保健機能食品(特定保健用食品および栄養機能食品)での使用が認められ、栄養強化の目的での使用範囲が広がっている。
 
栄養強化の目的で使用したときの表示
これらの食品添加物を、栄養強化の目的で使用した場合は、加工食品の食品添加物表示を省略することが認められている。
このため、使用した食品添加物を表示していない場合もあるが、多くの食品では何らかの表示が行われていることが一般的である。
このように、栄養強化の目的で使用した食品添加物を表示する場合に、消費者に訴えたい成分だけを表示してその他の成分を省略することは、省略を認めた精神に反する。表示を行う場合は、栄養強化の目的で使用したものは、全てを表示する必要がある。
ところで、JAS法に基づく加工食品品質表示基準では、食品添加物の表示は食品衛生法に従うことが規定されているが、個別に表示基準が設定されている食品の中には、栄養強化の目的で使用した食品添加物にも表示を義務付けているものがある。実際に表示する際には、この点に留意して表示漏れを起こさないよう注意する必要がある。
 
栄養成分とは
食品という面から見た場合の栄養成分は、栄養強化の目的で使用される食品添加物に限られるものではないことは、いうまでもない。
 
厚生省で定めている栄養所要量に関してみると、エネルギー(カロリー)、たん白質、無機質(カルシウム、鉄、ナトリウム、リン、カリウム、マグネシウム)、ビタミン(A,B,B,ナイアシン,C,D,E)などが対象になっている。
さらに、栄養改善法では、食品での含有の有無や、量の多少を言及するときに、表示すべき対象となる栄養成分および熱量として次の各項目が挙げられている。
@たんぱく質
A脂質
B炭水化物
Cミネラル類
亜鉛、カリウム、カルシウム、セレン、
鉄、銅、ナトリウム、マグネシウム、
マンガン、ヨウ素及びリン
Dビタミン類
ナイアシン、パンとテン酸、ビオチン、
ビタミンA、ビタミンB、ビタミンB
ビタミンB、ビタミンB12、ビタミンC、
ビタミンD、ビタミンE、ビタミンK、
葉酸
E熱量(エネルギー)
これらの中で、食品添加物に直接関連する成分は、ミネラル類およびビタミン類である。
ミネラル類の中には、マンガンやセレンのように、指定添加物はもちろん、既存添加物にもないもの、亜鉛や銅のように使用基準で一般的な食品への使用が認められていないものもある。このようなミネラル類は、これらの成分を比較的潤沢に含む食品から摂取することになる。
一方、ビタミン類は、指定添加物あるいは既存添加物として何らかの形で食品添加物がある。このため、必要に応じて食品に添加・使用することが可能である。
 
栄養成分の表示
食品を作って売る立場から見れば、栄養に関する何らかの利点があれば、その旨を表示したいと考えるのは当然である。
しかし、上に述べたように、食品に栄養成分に関する何らかの表示を行った場合には、栄養改善法に基づいた栄養成分の表示が必要となる。
その内容は次のとおりである。
@全てに共通な栄養項目
熱量、たんぱく質の量、脂質の量、
糖質の量、ナトリウムの量
A個別に表示すべき栄養項目
食品に表示した栄養成分の量
例えば、乳酸カルシウムを使用した食品で、包材に使用した旨を表示するときには、@の共通項目とカルシウムの量を表示することが必要となる。これは、表示するからには、栄養に何らかの影響を与える量が使用されているはずであるという観点から定められたものである。
したがって、何らかの影響を与える量に関する基準が必要となり、その基準も示されている。
栄養成分の量というと、添加して量が多くなっていることを思い浮かべるが、熱量やナトリウム量のように少ないことが価値を増す場合もある。また、食品中の栄養成分は、量的にわずかに増加させたものから、意識して多量に含むようにしたものまでさまざまである。
このような現状を踏まえて、補給する場合および削減する場合に、それぞれ2種類の基準が設定されている。
なお、「高い旨」と「含む旨」および「含まない旨」と「低い旨」を意味する用語の例は、次のとおりである。ここに例示された用語や同等の意味を持つ用語を使用する際には、定められている基準をクリアしている必要がある。
 
高い旨:高、多、豊富、強化、増
たっぷり、濃厚 など
含む旨:源、供給、含有、入り、使用 など
 
含まない旨:なし、ゼロ、ノン、レス など
低い旨:低、軽、ひかえめ、低減、
カット、オフ、ライス など
 
食品添加物を使用して、栄養成分の補給あるいは削減に関する基準に合った加工食品を製造し、その旨を謳って販売する際には、食品添加物の表示に関する基準を守ると共に、栄養成分の表示基準に沿った表示も行う必要がある。
加工食品の素材や栄養成分を検討する際には、これら表示に関するさまざまな基準も念頭に置いて検討する必要がある。
 
(2010年6月25日加筆・改訂)


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