食品添加物基礎講座(26)
食品添加物に関わる規格・基準(その2)
食品添加物の成分規格(1)
前回は、食品添加物に関わる規格・基準類のうち、表示基準、製造基準および使用基準について見てきたが、今回と次回に分けて成分規格について見直すことにしよう。
食品添加物の成分規格とは
食品添加物の成分規格は、食品添加物として流通される物質について、その具備すべき条件を定めたものであり、品質を担保するものために重要なものである。法的には、食品衛生法第11条第1項の定めにより告示される「食品、添加物等の規格基準」で規定されている。
この食品衛生法に基づく成分規格が制定されていない食品添加物も流通している。その多くは、既存添加物など中心とした天然系の食品添加物である。これらに関しては、日本食品添加物協会が自主規格の作成を進めている。この自主規格は、新たに法に基づく成分規格を設定する際に、基礎資料として活用されている。
食品衛生法に基づく成分規格が設定された品目に関しては、規定された規格に合格したものに限って製造、流通、使用などが認められる。また、規格に合わない食品添加物を使用して作られた食品は販売することはできない。これらについては、食品衛生法第11条第2項で定められている。
この食品添加物の成分規格は、品名(名称および別名)、英文名称などの基本となる情報の他に規定される項目の主なものには、次のようなものがある。
定義
含量・酵素活性
性状
確認試験
純度試験
乾燥減量・強熱減量・水分
強熱残分・灰分
微生物限度
定量法・色価測定法・酵素活性測定法
この他に、構造式、化学式(分子式)・分子量などが記載されており、1999年の改正からは、化学物質名称およびCAS番号も記載されている。
各食品添加物の成分規格に、これらの項目の全てが規定されているわけではなく、それぞれの品目で必要とされる項目が定められている。
全ての成分規格に定められているものは、品名と英文名称及び性状であり、多くの場合、確認試験と純度試験に関しても何らかの規定がある。
今回は、品名から性状までを、含量等とセットになる定量法等を含めて、少し詳しく説明する。
食品添加物の品名等
成分規格に使われる食品添加物の品名は、次の基準で決められている。
指定添加物(食品衛生法第10条の規定に基づいて厚生労働大臣により指定された食品添加物)に関しては、告示された名称とその別名
既存添加物(食品衛生法平成7年改正にともなう附則第2条第4項の規定により告示された既存添加物名簿に収載された食品添加物)に関しては、既存添加物名簿に収載された名称と平成8年の厚生省生活衛生局長通知「衛化第56号」の別添1(既存添加物名簿収載品目リスト)の品名欄に示された別名
一般飲食物添加物(食品衛生法第10条の指定制度から除外される「一般に食品として飲食に供されるものであって添加物として使用されるもの」)に関しては、上記した通知「衛化第56号」の別添3のリストの品名欄に記載された名称と別名
また、いくつかの製剤化された食品添加物に関しても成分規格が設定されている。それらには、形態に沿った形で名称が付けられている。
水溶液の形の製剤では、一般的には「亜硫酸ナトリウム液」のように、品名に「液」を付けた形になっている。ただし、「氷酢酸」の30%程度の水溶液は「酢酸」となっている。この点は注意する必要がある。なお、「水溶性アナトー」は、指定添加物である「ノルビキシンカリウム」および「ノルビキシンナトリウム」の単独あるいは両者混合の水溶液となっている。
また、「ビタミンA脂肪酸エステル」を粉末化したものと、「ビタミン油」を粉末化下ものは、「粉末ビタミンA」となっている。爆発性の過酸化ベンゾイルを扱いやすくするために、ミョウバン、各種の無機系のカルシウム塩、デンプンなどで希釈したものは「希釈過酸化ベンゾイル」という名称が使われている。
さらに「合成膨脹剤」や「タール色素の製剤」のように、グループ的な製剤もある。
このように製剤にも成分規格が設定されるのは、次のような理由がある。
前回説明した食品添加物の製造基準では、添加物一般の規定で、成分規格が設定された食品添加物を使う製剤は、その規格に合った製品を使用しなければならないことが定められている。ところで、食品添加物の多くは、粉末や結晶などの形で成分規格が設定されている。食品添加物は製造過程で、水溶液を経る工程がある場合も多い。このような工程では、水溶液から、粉末等の状態にするためにエネルギーを使用して濃縮したり、結晶化して成分規格に合格する製品を製造する。水溶液の製剤では、この工程を経て作られた製品を、水に溶かして再び水溶液にする必要がある。これでは、エネルギーを含めて経済的な損失も大きいことから、水溶液の段階で流通、使用できるようにするためには、製剤での成分規格の設定が必要とされるのである。
英文名称は、品名のうち、告示されている名称を英語に訳したものが一般的であり、主としてアメリカ英語の綴りが採用されている。中には、「Sodium Bicarbonate」のように、「炭酸水素ナトリウム」の別名「重炭酸ナトリウム」の英語訳が採用されている場合もある。これは海外で一般的に使われている名称を優先しているためである。
ところで、指定添加物の品名については、長年、一般的に使われている慣用的な名称が、時代に合わせて部分的な修正を加えられて採用されてきた。しかし、高校などでの高等教育における化学などで習う化学物質名と異なるため、若い世代には理解しにくくなっているものが認められるようになった。そこで、1986年に行われた成分規格の改正に際し、次のような原則のもとで見直されることになった。
@名称は、IUPAC(国際純正・応用化学連合)で定めた化学名またはその慣用名を原則とする。
A金属塩で二種類以上のイオン価を持つ場合は、@の原則に拘わらず、第一、第二などの塩名を使用することも認める。
B取り敢えず有機系の食品添加物から始める。
食品添加物の指定は、政令である食品衛生法施行令に基づいて行われている。このため、省令である成分規格の改正と同時に、政令で指定番号と名称を全面的に改正する形が採られた。
IUPAC命名法による名称を使用するという原則は、その後も変更されていないが、実態を見ると担当官の異動に伴って、この原則が崩れる傾向も散見される。
特に既存添加物名簿の作成に際して、IUPAC命名法に拘らず、その当時慣用的に使われていた名称を品名として採用したものが多かったことから、原則から外れることに違和感が少なくなったことも、一因と考えられる。
近年新たに指定された食品添加物の中に見られる原則から外れた名称には、次のような着香用物質がある。
イソプロパノール
イソブタノール
イソアミルアルコール
これらの化学物質の名称は、しばしば耳にしたり、目にするものである。しかし、これらは、IUPACの命名法にそわないものである。その理由は次のようなものでなる。
基本となるのは、メタン、エタン、プロパン、ブタンのような炭化水素の化学名である。
アルコールの場合、同一炭素数の炭化水素の「ン」を「ノール」に置き換えるものである(本来は英語綴りの「e」を「ol」に置き換える)。したがって、炭素数4のブタンに対してはブタノールが正式の名称となる。
アルコールの中には、アルコールの性質を示す官能基である水酸基(-OH)が、末端の炭素ではなく中間の炭素に結合しているものもある。このような場合、水酸基がついた炭素の位置を数字(結合の位置が最少になるように番号をふる)で示すことになっている。アルコールを構成する炭素数が3以上になると、異性体が存在するために、このような命名例が出てくる。
たとえば、しばしば「イソプロパノール」と呼ばれる物質は、「2-プロパノール」が正式な名称となる。また、アルキル名にアルコールを付ける命名法も認められていることから、イソプロピルアルコールという物質名も認められている。しかし、イソプロパノールという名称は物質名としても慣用名としても認められていない。これは、イソプロパンという炭化水素が存在しないことに起因している。
これらのことを考慮して、イソプロパノールの食品添加物の指定に際しては、別名としてイソプロピルアルコールが告示されている。
また、炭化水素には、枝分かれしているものも多い。このような場合は直さの炭化水素に枝分かれした炭化水素が付いているものとして、枝分かれする炭素の位置を明確にするために、1-メチルエタン、1-メチルプルパン、2-メチルプロパンのように命名される。このため、イソブタンのような炭化水素名は採用されていない。香料物質として指定されたイソブタノールは、炭素鎖の途中に水酸基が付いたイソプロピルアルコールの場合と異なり、炭化水素の末端炭素に水酸基がついているもので、正式には2-メチルプロパノールである。
また、イソアミルアルコールは、IUPAC命名法では、3-メチル 1-ブタノールが正式な名称であり、イソペンチルアルコールという慣用名も認められている。
なお、香料以外では、ナタマイシン(Natamycin)が、ローマ字読みするという原則ではナタミシンとなるはずであるが、英語での発音に近いナタマイシンが採用されている。
現在では、多くの成分規格で、名称の直ぐ後に、構造式が示されている。この構造式は、かつては一部の品目に参考程度に示されていたものであり、構造式ではなく、単に示性式または化学式が記載されていた程度の品目もあった。しかし、現在は、多くの品目に構造式で示されており、中には光学的な異性体を示しうる形になっているものも増えている。
さらに分子式あるいは示性式と分子量も、ほとんどの品目で示されている。分子式は、分子量を算出するための基礎的な情報である。分子量は、食品添加物の含量を求める際に必須の情報(数値)である。分子量は定義の前に記載されている場合と、含量の規定の中に示されている場合がある。この分子量の算出の基礎となる原子量に関しては、現在はIUPAC(国際純正・応用化学連合)で定めた原子量表の1997年版が使用されている。なお、近く改正される予定の成分規格では、2004年版あるいは2005年版が使われる予定である。
食品添加物の定義、含量と定量法など
食品添加物の定義は、その物質を特定するための情報を示すもので、1999年の改正時点から項目として採用されたものである。それ以前にも、グリセリン脂肪酸エステルのように食品添加物として指定された名称の中で、使用が認められる範囲を示す記載があるものもあったがその数は多いものではなかった。多くの既存添加物に成分規格を設定するに当たって、由来原料や主要成分などを特定する必要があり、「定義」という項目が設定されたものである。既存添加物では、既存添加物名簿に収載される時点で、( )の中にその添加物の基原が示されているものがあり、この場合は、その説明が採用された。一方、名簿への収載時点では説明がない場合には、別添リスト1と呼ばれる「既存添加物名簿収載品目リスト」の基原製法本質欄の説明が採用された。このリスト1には、基原となる動植物に学名も記載されているため、名簿に依る定義と、リストの基原製法本質に依る定義では、書き方に違いが生じている。近々改正が予定されている次回の改正時には、リストに記載されている学名も加えた書き方に改められる予定である。
含量と定量法、色価と色価測定法、酵素活性と酵素活性測定法はセットになるものである。通常の食品添加物は含量で示されており、その含量規定への適否は定量法で試験することになるが、既存添加物および一般飲食物添加物に分類されている着色料に関しては、量的な規定が必要な場合は「色価」が用いられ、酵素では「酵素活性」が用いられている。それぞれの規定に対する適否を試験する方法として色価測定法と酵素活性測定法が規定されている。
含量の規定には、主に次のような方法が採られている。
@販売および使用される形そのままで定量したときの含量を規定するもの
A食品添加物を乾燥あるいは強熱した後で、定量したときの含量として規定するもの。
B食品添加物を、そのまま定量して、乾燥物あるいは無水物に換算したときの含量で規定するもの
このように異なる規定が設けられているのは、それぞれの食品添加物によって、安定性、吸湿性や結晶水の飛散の仕方などが異なることによるものである。乾燥あるいは強熱した試料を使って定量する場合は、秤量中の吸湿による重量の変化(増加)が大きく影響することもあり、定量した後、乾燥物換算、強熱物換算および無水物換算する方法が増えている。
また、含量規定の中には、亜塩素酸ナトリウム液や乳酸などのように、流通させる食品添加物中の含量を表示することを前提として、その表示量に対して一定の幅の中にあることを求める形になっているものもある。既存添加物等の着色料の色価に関しても、同様の扱いがなされている。
食品添加物の性状
成分規格の中で性状の項に規定されているものは、色と形状を主体に、においおよび味に触れている場合もある。なお、性状のうち、形状は判定の基準から除外されている。これは、たとえば、粉末と規定した場合、市与する際の便を考慮して、粒状や板状の固体、粉末のかたまりなどに変えただけで成分規格に違反することになるのでは、不合理であるとされたことから、合否の判断基準からは除外されたものである。ただし、通常の形状は性状の項に記載することとされている。
一方、色は合否判定の基準になっている。これは、色の変化が、その物質の劣化と密接に連動していると認められる場合があるからである。特に、既存添加物など、いわゆる天然添加物では、色も大きな因子であることから、成分規格を設定するにあたって、色の変化を厳しく見ようという機運が高まり、合否の判定基準として残されている。
においと味に関しては、検査する人がにおいをかぐ試験やなめてみる試験法では、刺激が強い場合は、試験に携わる人の健康面からも、試験法として適さないことがある。このため、この項目は、規格に盛り込まれていない食品添加物も多い。
ただし、強いにおいでも、酢酸やアンモニアのように揮発性の特異なにおいがある物質では、検査のために鼻を近づける必要もなく、においを確認することが可能であり、成分規格に組み込まれている。
なお、通常は用語として、「特異なにおい」という表現が使われるが、香料物質に関しては「特有のにおい」という表現が用いられている。これは、食品用香料として使われる物質には「特異」という言葉がふさわしくないと配慮されたものである。
食品の製造あるいは加工に使用されるものが食品添加物であるので、使用する状況では、最終食品の安全性を損なうような物質はない。しかし、加工助剤のように、最終食品の完成前に除去されたり、中和されたりして人が摂取するときには使用した食品添加物の形では残らないものがある。たとえば、硫酸のような強酸類、水酸化ナトリウムのような強アルカリ類などを直接味見することは不可能であり、当然、成分規格にも規定されていない。
(この項了)
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